小説 川崎サイト

 

夢物語


 君原は夢から覚めた思いになった。まるで悪夢でも見ているような日々だったが、最初はそんな感じではなかった。いい思い付きだったのだが、徐々に崩れていき、あとは修羅場のようになり、やがて、それも終わり、結局夢を果たせずに終わった。
「夢から覚めた思いです」君原は落ち着いた頃、師匠を訪れた。暴れ回っていた頃は師匠のしの字も思い出さなかったが、我に返ると急に師匠のことが気になった。夢中になっていた頃は会いたくても会えなかったのだろう。きっと説教されるに違いないので。
「夢から覚めたと」
「はい」
「悪夢でした。それから覚めました」
「覚めたその状態、なおも夢の中の如し」
「はあ」
「夢から覚めても、この世は夢。同じことさ」
「いや、もう悪い夢は見ないようにします。だから、現実に戻ったのです」
「その現実が夢」
「いやいや、そんなことを言い出せば師匠、ずっと夢の中ですよ」
「人生は夢を見ているようなもの」
「ああ、そうとも言いますが、それはまあ……」
「まあ?」
「一つの感想でしょ」
「うむ、感想か。確かにそうじゃな」
「あれも夢、これも夢なら、ここにいる師匠も、私も夢の中に出てくる人物になりますよ」
「まあ、そう言うな。闇の中、一筋の道がある」
「はい」
「そこで一寸休憩し、一眠りする」
「はい」
「そこで見たものが、その人の一生だ」
「はあ」
「うたかたの夢」
「師匠はそういう常套句が多いので、困ります」
「師匠とは、そういうものじゃ。世間話をしても仕方がなかろう」
「はい」
「それで、これからどうするね」
「また、別の夢を見て、それに向かいます」
「そうか、業の深い」
「夢を見るのが業ですか」
「煩悩じゃのう」
「しかし現実も夢なら、気が楽です」
「そうか」
「夢から覚めれば、その真っ暗なところで覚めるわけでしょ」
「覚めても、見た夢など忘れておる。道だけが続いていておる。それが道かどうかは分からんがな。とりあえず歩いておる。真っ暗なので、そこが何処なのかは分からん。そしてまた途中でうたた寝し、夢を見る。そこは明るい世界。つまり、今ここにいる現実と同じ。この現実、うつしよとも言う」
「現世ですか」
「まあ、そう語るのが坊主の役目なのでな。暗いところは常世にて、根の国。黄泉国とも言う。そこで見る夢の世界が即ち浮き世。浮いておるのじゃ」
「はい」
「さあ、もう飽きたであろう。こんな話は。もう立ち去るがいい。旅立つがいい」
「新たな夢を見付け出し、それに向かいます」
「その方がよかろう。こんな寺に籠もっていても、何ともならんからな」
「はい、また節々で顔を出します」
「ああ、君の夢物語を聞くのを楽しみにしておるぞ」
「はい」
 
   了

 



2016年3月16日

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