小説 川崎サイト



冷たいもの

川崎ゆきお



 これはまずいと思う家がある。特に古い住宅地に多い。人が寝起きしている場所のためだろうか。
 オフィス街で人はあまり死なない。死にかけの病人はもうオフィス街には出て来ないだろう。そして病院か自宅で死ぬ。
 神秘家として知られる高島は、その種の死霊には係わらない。人の霊ではなく、動物の霊を専門にしている。一種の霊能者だ。
 つまり、動物霊に特化したチャンネルしか持っていない。それだけでも異才だ。普通の人間が霊を感じることなど殆どない。あるとしても錯覚に近い思い込みだ。
 その高島が、まずいと思う家がある。その前の通りを通過しただけで冷たい空気が流れた。霊の通り道ではない。その家が冷えた空気を発しているのだ。
「氷屋じゃないの」
「あの家はまずい」
「何がいるの?」
 孫娘が冷ややかな目で高島を見る」
「犬か猫、イタチかもしれん。鳩の可能性は薄い」
 孫娘は高島の教えた家を見に行った。
「古いだけだよ爺ちゃん。暗い木がいっぱい植わってるから、ちょっと怖いけど、何も感じなかったよ」
「わしの血が流れておるはずだが、薄いか。息子は少しは見えた」
「パパも動物の霊が見えるの」
「見えるんじゃない。目の玉で見ているんじゃないんだよ」
「それで、どうするの?」
「頼まれておらんからのう。何ともならん」
「でも、近所にそんな家があると怖いじゃない」
「怖いが普通の人間には分からん。その怖さがな。わしが出かけて行っても余計なお世話だと言われる。ケチをつけた縁起の悪い年寄り、言い掛かりと思われる。霊感商法と間違えられるのが落ちじゃ」
「あの家、このままだとどうなるの?」
「家の者が影響を受けるのう」
「どんな?」
「下等になる」
 孫娘は笑い出した。
 高島は動物霊を追い出す仕事で家族を養ってきた。息子夫婦が何不自由なく暮らせるのも高島の蓄えによる。
「おまえに秘伝を伝えようとしたが、無理かもしれん」
「お爺ちゃんの術はインチキじゃなかったの?」
「誰がそんなことを」
「パパ」
「あの親不孝者めが」
 高島は今日も、あの家の前を通る。
 やはり冷たいものを感じる。そしてまだ自分は衰えていないことを確認した。
 
   了
 
 


          2007年3月7日
 

 

 

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