小説 川崎サイト

 

小僧の足の裏


 子供の僧侶が池端の土手下にいる。そこは小さな街道が走っており、旅行く人も結構いるが、地元の人が多い。
 子供で僧侶なので、小僧だが、実際には修行僧だ。そんな小さな頃から仏門に入ったのは、実家が食べていけないため。小僧は三男で、その食べ口がない。しかし小僧は大きくなれば僧侶になることを望んでいた。これは俗界を捨てるということだが、それ以上に高僧に憧れた。この高僧とは厳しい修行を積んだ僧侶で、諸国行脚に出たりしている。小僧はそういった高僧に弟子入りしたのだが、旅の途中、はぐれてしまった。こういうときは近くの寺院に聞けば、おおよそのことは分かる。いわば迷子になったことを、各寺と連絡を取ってくれる。
 そこを通りかかった旅人。これは若き武士。こちらも武者修行中。いずれも修行中という名分で、結構遊んで暮らせる。若き武士もその口だが、土手下の小僧は、真面目なようだ。
「どうかしましたか」
「はい、お師匠様からはぐれました」
「はぐれた」
「はい」
「じゃ、そのうちお師匠さんが探しに来るでしょう」
「そうだと思い、ずっとここで待っているのです」
「そうですか」と武士は立ち去ろうとした。
「あの」
「何かな」
「実はこの近くに妙源寺というお寺があるはずなのです。そこへ行ってもらえませんか」
「近いのか」
「はい、あの森のある場所の近くです」
「それは通り道。よろしいでしょう。で、行って何をすればよい」
「宅一はここにいると伝えて下さい」
「誰に」
「お師匠様が先に着いて待っておられるかもしれませんから」
「妙源寺の住職かな」
「いえ、修行僧の宅悦和尚です」
「それなら、行けばいいではないか」
「はい、でも、身体の様子がおかしくて」
「分かった。病んでしまったので、来てくれ、と言えばいいんだな」
「はい」
「しかし、どうして、途中ではぐれたのだ」
「野盗の襲撃を受け、離ればなれになりました。それで、うまく逃げたのですが、お師匠様を見失いました」
「分かった。身体が悪いようだが、それまで、気を確かにな」
「はい」
 若き武士は妙源寺にいるはずの宅悦和尚を訪ねたが、立ち去ったあとだという。ここの住職とは共に修行した竹馬の友だけに、数日は滞在するはずなのに、挨拶だけで、すぐに旅立ったという。
 若き武士は小僧が気になり、すぐに引き返した。
 土手沿いを歩いていると、小僧は土手に上がったのか、池を見ている。
 下から少し近付いたとき、これは……と、武士は気付いた。
 小僧は土手に立っているのだが、足の裏が両方とも見えている。
 土手下で見たときは、気付かなかったのだが、浮いているのだ。
 若き武士は小僧もその師匠も野盗からは逃げ切れなかったことを知った。
 
   了



 


2016年3月20日

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