小説 川崎サイト

 

菜の花の頃


「菜種梅雨と言いますなあ」
「最近雨が多いです」
「だから、菜種梅雨と言うのですよ」
「菜種」
「菜の花です」
「ああ、菜の花」
「昔は油を取っていましたから、菜種」
「菜種油ですか。じゃ、何か菜種梅雨って、油っこい雨が降っていそうですねえ」
「暖かくなってきましたからね。それに冬の乾燥した日じゃなく、湿っぽくなってます。湿気が多いのでしょ。それで、ねちっとした感じになり、これが油っこい印象を与えたりします」
「春雨とも言いますねえ。鍋物には欠かせません」
「夏と冬は無視して、春雨と秋雨はありますなあ」
「しかし、この雨、いつ止むんでしょうか」
「小糠雨とも言います」
「あ、まだその話ですか」
「糠です。米の皮です。籾殻をさらに粉にしたもの。だから細かい。だから、細い雨です。細雨です」
「言葉の豆知識より、この雨いつ止むんでしょうねえ」
「それは辞書にはない」
 男は先ほどからの豆知識をスマホを見ながら言っていた。
「天気予報はどうなってます」
「先ほども見ましたが、今日は一日雨。朝方止むかもしれませんが、当てにならない。こんなの信じてはだめ」
「結局本当に知りたいことは、スマホでは無理ですか」
「あなた、そんなに雨が気になりますか」
「いえいえ、降っていても止んでいても、それほど関係はありませんが、晴れている方が気分が良いので」
「そうですなあ。菜の花はねえ」
「まだ、その話ですか」
「光るんです」
「はあ」
「明るい花です。薄暗くなってきても、菜の花は電灯のように明るい。あれは照明になりそうです。だから、菜の花畑は夜でも明るかったりしますよ」
「いや、そこまでは」
「私はねえ、この菜の花で充電するのです」
「はあ」
「菜の花畑があればいいのですが、最近少ない。しかし、畑の中にちょとだけある。それをじっと見ていると、どんどん充電され、元気になる。陽の気が入るのでしょうねえ」
「そうなんですか」
「試しにおやりなさい。じっと菜の花を見ているだけでよろしい」
 良い話を聞いたと思い、帰り道、菜の花を探した。一般の畑にはなく、家庭菜園の畑に黄色く輝く眩しいような菜の花をやっと見付けた。
 そして小糠雨の中、男は菜の花の黄色をじっと見続けた。
 その夜、陽ではなく、風邪が入ったようだ。
 
   了





2016年3月23日

小説 川崎サイト