小説 川崎サイト

 

ある用事


「いつもと違う用事が入ると嫌ですなあ」
「例えば」
「例えば、そうですなあ、急に言われても、思い付くものが」
「じゃ、もうその話はいいです」
「あ、思い出しました。書類です。書類を書かないといけない。手続きのためにね。これは期日があるのですが、まだ先。しかしそれが気になって気になって仕方がない。早く済ませたいのだが、封筒を見るのも嫌だ。昔はこういった事務は毎日やっていたんだけどねえ。今は違う」
「それが、いつもとは違う用事ですか」
「そうそう。昨日やっていたような用事じゃなく、年に一度あるかないかの提出用の書類です」
「税金の申告とか」
「それはやってませんから、大丈夫」
「あ、そう」
「今のところ予定はそれだけです。絶対にしないといけない用件はね。その日は出かけないといけない。毎日出掛けている散歩コースとはわけが違う。日々のことで出掛けるのとはわけが違います。それに私は徒歩か自転車だ。電車や車で行くほど遠いところにはもう用事はない。ところが、その書類、電車に乗って出かけないといけない。これが億劫でねえ。いっそのこと自転車で行ってやろうかと思いましたよ。計算すると二時間で行けます。時間がかかってもいつもの足で行きたい」
「しかし、その書類、そんなにプレッシャーのかかるものですか」
「いや、誰でもやっていることで、その提出日なんだ。まあ、ネットでも受け付けているので、それでもいいんだけどね」
「じゃ、大した用事じゃないと」
「用件はもの凄く大事だけど、大した書類じゃない。問題なく書き込める。しかし、それを見るだけでも嫌でねえ」
「じゃ、行かないつもりですか」
「行きますよ」
「じゃ、早い目に行かれては。それですっきりしますよ。それが終われば、もう予定はないのでしょ」
「予定は一杯詰まってますが、日々のことでねえ。タワシの毛が寝てしまえば買いに行く程度の用件です。蛍光灯が切れていれば、買いに行く程度。それらは特に何ということもない。多少忘れていても、問題はない。蛍光灯は切れているとさすがに困りますがね。まあ、支障が出るほどのことじゃない。この蛍光灯は窓側にありましてねえ。天井にもう一つある。それだけで十分なんですよ。しかし、昼間はいいが、夜のなると、窓際で用事をするとき、少し暗い。自分の影ができますからねえ。天井からの明かりで。まあ、それでも暗がりじゃない。しかし切れていると不便だ。暗いので、よく見えない。いつも点いている蛍光灯が消えたことになりますからね。部屋が暗く感じる」
「書類の話ですが」
「ああ、提出日の前の日に行きますよ。これは行かないと手続きが狂い、書類が増えますからね。だから、行きます」
「それだけの話ですか」
「はい」
「その書類、何の書類ですか」
「ただの請求書ですよ。出しておかないと、お金が入ってきませんからね。それだけです」
「それ、非常に大事な用件でしょ」
「そうなんですが、間違いなく書き込むのがねえ」
「難しい書類ですか」
「住所とかを書けばいいだけです」
「あ、はい」
 
   了


2016年4月1日

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