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桜が咲く頃
「桜の花が咲く頃、これは色々あるでしょ」
「ああ、思い出ですか」
「そうです」
「見ていない年もありますなあ」
「咲いているのに」
「はい、目には入っているのですが、花見どころじゃない。そういう年もあるでしょ」
「そうですなあ、毎年見え方が違うのかもしれません。これは年を取るに従い見え方が異なるのではなく、その頃の状況でしょう。そんな賑やかで派手なものなど、逆に見たくない。黒い花びらなら見たいけどね」
「桜色じゃなく、黒い花びらの桜ですか」
「それなら見てもかまわない。真っ黒な花の下で花見をする。これは落ち込みますよ。盛り上がらない。晴れて陽射しがあるのに、暗い」
「それは悪趣味ですよ」
「元気なときなら花見もよろしいですが、そうでないときは、その陽気さが邪魔になる。そんな気分になれません」
「でも、そんな気分のときでも、花を見れば、元気が沸くのでは」
「空は晴れても心は闇よ。です」
「嫌なことがあっても、桜を見れば、一瞬忘れるとかもあるでしょ」
「いや、それは忘れてはいけない」
「あ、はい」
「あなた、今年はどうでした」
「え、何がです」
「どんな感じで、桜を見ています」
「ああ、桜が咲いているなあと思いながら見てますよ」
「それがいい。いい感じです。それが一番」
「お宅はどうです。やはりまだ黒桜じゃないと駄目ですか」
「ああ、普通です。だから、花見にやってきたのです」
「それは何より」
「花見とは即ち花を見るにあらず。その時期の心境で桜は変わる。同じ桜でもね」
「毎年毎年、見ていますが、十年前、二十年前とはやはり違いますなあ。見ている状況が。それに場所も」
「特に何もなく、ただ単に花見をするだけの年が、結構良い年だった場合が多いです。何かの渦中のときに見た桜は記憶に残りますが、何でもない花見では忘れてしまいます。そちらの方が良かったりしますがね」
「平凡な花見、これが一番ですか？」
「まあ、それだけは心がけでは無理ですがね」
「はい、参考になりました」
「ならないでしょ」
「ああ、はいはい」
了
2016年4月3日