小説 川崎サイト

 

猫町


 桜が咲き誇る頃、木幡は自転車で見知らぬ町を走っていた。しかも朝。花見の名所が多くある町で、観光客も多い。木幡は学生時代の仲間と花見をし、そのまま友人宅に泊まった。この友人、故郷があるのだが、卒業しても帰郷せず、学生アパートのようなところに、未だに住んでいる。だから泊めてもらいやすかった。だが朝からバイトがあるらしく、夕方まで帰らない。一人ポツンと待つのも何なので、友人の自転車で散歩に出ることにした。
 学生時代、このアパートへ何度も訪ねて来ているのだが、殆どが夜だ。そのため、昼間の風景を知らない。しかし、どういう場所なのかは、おおよそ知っている。友人のアパートに近い建物が結構残っているのだが、年々古い順に取り壊されている。
 猫がいる。
 細い裏道の真ん中に猫がおり、何処か痒いのか、後ろ足で首のあたりをかいている。そして、ちらっと木幡を見る。距離的には結構遠いので、猫はまだ逃げない。
 自転車で近付くと、猫は腰を上げ、木幡を何度か振り返りながら、すっと枝道に入って行った。裏道のさらに裏道、これは細いというより狭い。車は入れない。
 猫町への誘い。
 そんな発想が何処から浮かんだのか分からない。猫に詳しいわけでもない。しかし、何かで読んだことがある。猫の町があると。
 夕べの酔いがまだ残っているのかもしれない。
 猫が入った路地を見ると、細いながらも長く続いている。この奥に猫の町がある。当然そんなことを本気で思ったわけではないが、別に行き先はなく、また真っ直ぐ進めば、大きな道に出るのは分かっているので、冒険心を起こし、誘いに乗った。
 猫の尻と尻尾だけが小さく見える。左右は壁や塀、庭の柵。別に猫町への通路ではなさそうだが、猫が好きそうな道だ。
 結構古そうな家の板壁が続く。所々破れているが、似たような板で補強されている。
 余所見していると植木鉢にペダルがあたり、ハンドルを取られたが、何とかバランスを戻し、前へと進む。アスファルトだったところが砂利道になり、そのあと普通の地面になったが、結構踏み固められているのか、砂利道よりタイヤは傷まないだろう。それにペダルも軽くなった。
 さて、いよいよ、やがて……が来る。その路地を抜けたところに。
 古い街並みが残っていることは分かっていたが、ここまで古くはないだろうと思える場所に出た。時代が古いのではなく、全体が同じ年代なのだ。しかし、まったく見たことのない風景ではない。何十年前まで、木幡は学生時代、似たような町で暮らした。そのときの記憶が残っているが、古い建物は一部で、見渡す限りが古いのは珍しい。いや、そんな街角は映画のオープンセットでもない限り、ないだろう。
 木幡が出た場所は、道が集まっているのか、広場のようになっている。店屋もある。
 そこに白い喫茶店と書かれた建物があり、モーニングありますとも書かれていたので、入ることにした。
 当然というか、中に入ったとき、猫がいた。しかも大きいというより、人だ。頭だけが猫なのだ。猫のかぶり物をしているような。しかし、手は人の手で、猫のそれではないが、爪が長く、毛も生えている。
 木幡はそのまま空いている席に着く。事情をまだ飲み込めていないので、判断はあとにした。しかし、既に分かっていることだが。
 猫顔ではなく猫の顔をしたウエイトレスが注文を聞きに来た。しっかりと言葉を話せる。だから、これは猫ではなく、人間だろう。
 他の客も猫だが、別に木幡のことを気にしていないようだ。
 こういう異変にぶつかっているのだが、帰ってからどうしようかとか、明日からまた仕事なので、その段取りをどうするかと、そんなことを考えている。友人は夕方にならないと帰らない。それを待たずに帰ってもかまわない。鍵を掛けなくてもいいらしいので、勝手に帰ってもいい。
 また昨夜の花見で今まで無愛想だった友人の一人が、急に愛想が良くなっていたのにも驚いた。何かあったのだろうかと、そんなことを想像していた。
 そして時間が曖昧に過ぎ、そろそろという時間になったので、喫茶店から出る前に、トイレに入る。あのアパートのトイレは汚いので、避けていたのだ。
 そして用を済ませ、手を洗っているとき、鏡を見た。目の前に猫の顔があった。
 木幡は喫茶店のドアを開け、外に出て、自転車にまたがったとき、手を見た。少し爪が伸び、手の甲に少しだけ毛が生えている。
 トイレで見た猫は自分だ。
 ああ、これは夢だなあと木幡はこのときやっと気付いたようだ。きっとあのアパートの布団の中だろう。
 そう思いながら、元来た路地を探していると、行き交う人は全て猫、猫、猫。やはりここは猫町だ。
 そして来たときの路地を見付け、町から出ることにした。しかし、いくら進んでも、最初に出合った猫招きのいた裏道が出てこない。行き過ぎたのかもしれない。しかし、路地は何処までも続いている。
 このあたりで覚めてもいいのに、しつこい夢だと思いながら、木幡はペダルを踏み続けた。
 
   了

 


2016年4月7日

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