小説 川崎サイト

 

太古の神


 妖怪博士宅に仙人のような人が来ている。しかし服装は着流しで、貧乏神に近い。
「日本には本当の神様がいます」
 いきなり、そういう話になる。この仙人さんの話をまともに聞く相手がいないため、妖怪博士に、それをぶちまけに来たのか。
「本当の」
「そう、本当というか、名も姿も変わってしまいましたが、鎌倉時代あたりまではみんな知っていたようです」
「鎌倉」
「世が乱れた室町後期にも」
「それは何ですかな」
「はい、それが太古からこの島国の人達が神と言っていたものです」
「どのような神様ですかな」
「神は海から来る。ただ、それを神様だと誰も思っていない。今で言う神とはまた違う使い方です。意味がね」
「何の神様ですかな」
「幸せを与えてくれる神様です」
 妖怪博士はこの仙人さん、妖怪のように怪しい人だとは分かっていたが、その下りまで聞いてみようと思った。所謂泳がすわけだ。
「実は稲をもたらせた人達、また稲の育て方を教えた人が神様です」
 仙人さんは泳ぎだしたようだ。
「はい」
「これは南からやってきました。最初に稲を育てたのはうんと南の島です、この列島のうんと南側。しかし、そこは大陸から見ると東方で、実は神はこの東方から来るのです」
「方角関係がよく分かりませんが」
「最初に米を栽培したのは、この南の端の島です。それが徐々に北上し、列島全土で稲作が始まった。うんと北は別ですがね」
「稲作を持ち込んだ人が神様ですか」
「そうです。だから、人です」
「ほう」
「神は海から船でやって来ます。宝船のようなものです。この稲作の人達は島伝いに北上します。より稲作に適した土地を求めてね。だから、全て船で北上します。これは行ったことのないような場所ですからね、潮の様子が分からない。それを調べながら何年もかけて北の島へと渡っていったのです。あるいは大きな島、今で言えば本州ですかな。これも海岸に沿って上陸します。そこには既に住んでいる人達もいる。その人達にとり、上陸してきた人達は神なのです。いいものを持ち込んできていますからね」
「ほう」
「つまり神とは具体的なものなのです。天から降りてくるような神ではなく、海を渡って来たり、山を越え、価値ある土産物をもたらす人達なのです」
「まれびとですかな」
「遠くから来た人です。その人には大した価値はありません。何をもたらしたかです。ものや技術でもいい。その最たるものが稲作です。だから、これはいつまでもいつまでも忘れないで、神としてあがめていた」
「稲の神様なら色々とおられますが」
「そんなものはあとで付けた名称です」
「稲荷さんはどうですかな」
「狐ではなく、あれは犬だった」
「ほう」
「稲作では犬を大事にせよという言い伝えが残っております」
「犬と狐とでは」
「昔、偉い人が大陸で稲をこっそり持ち帰ろうと、まあ盗んだわけですが、それを見ていた犬が盛んに吠える。そして吠え止まぬ。それを見ていた飼い主が気の毒に思い、殺してしまった」
「え、どちらを殺したのですかな」
「吠え立てる犬の方です。吠えられている偉い人がそれでは気の毒だと思い」
「ほう、犬は災難ですなあ。そんなことで殺されるとは。飼い主も飼い主だ」
「それで、無事稲を持ち帰ったのだが、犬のことを思い、皆に稲を渡すとき、犬を大事にせよ。犬は稲の守り神だと諭した。犬への供養のようなものでしょう」
「しかし、犬はその後、でてきませんなあ」
「それがいつに間にか狐になってしまったからです」
「それは実際にあった話ではないでしょう」
「言い伝えで、これは作り話で、これは弘法大師だと言われておりますが、時代が違います。何でもかんでも御大師さんがやったことにしてしまうだけで、そんな人はいません」
「はい」
 妖怪博士は仙人を泳がしすぎ、飛ばせすぎたようだ。
「では、神とは何でしょうな」
「幸をもたらせてくれる具体的なものや繋がりです」
「それと今の神とは意味が違いますなあ」
「そうです、目に見える存在でした。ただ遠くから来た人なので、それを神と呼んだのでしょう。神、即ち、上のことです。優れた人という意味です」
「はい、分かりました」
 妖怪博士はそこで引き取ってもらった。
 この仙人さん、古神道以前の神を語ったのだろうか。
 
   了

 


2016年4月8日

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