小説 川崎サイト

 

教養人


「読んだ本の数だけ賢くなるのならいいのですがね、そうじゃないとは言いませんが、昔の人は今ほどに本を読んでいたのでしょうかねえ」
 一寸した本屋の本より多い蔵書を持つ先生が語りだす。
「昔と言いますと」
「江戸時代とか、さらにもっと昔。歴史上の偉人が色々と出ているでしょ。今の人ほどには本は読んでいなかったのではないかと最近思うのです。豊かな知識というのは、物知りがそばにおり、その人から色々と聞いたりしたのでしょうかねえ」
「じゃ、今の人は本を読みすぎだと」
「一般の人は読まなくてもかまわないのですよ。困るようなこともない。それに今ほど本の数は多くなかったはず」
「はい」
「私の祖父は学者でした。しかし、祖母は小学校しか出ていません。しかし彼女の方が何かにつけ賢かった。世間知らずの祖父より田舎育ちの祖母の方がね。この違いは何かというのが、私の研究テーマのようなもので、それで、私も学者になった。そして偉そうに知的生活がどうの、教養とは何か、知識とは何か、さらに知的発想法というような安っぽい本まで書いた。しかし私はそんな賢者じゃない」
「そのお婆さんなんですが」
「祖母がどうかしたのかね」
「生まれつき頭が良かったのでしょうか」
「利発な子供だったと聞いたことがある。まあ、そんな子は村に何人もいたので、珍しくはない」
「そのお婆さんに秘密があるように思うのですが」
「そうだろ。だから私の隠れたる研究テーマは、それなんだ。しかしそれを言うと身も蓋もない。読書など無駄、学問も無駄ということになる」
「でも学者は、学問をしないと」
「それは仕事だ。職業だよ。農夫が田畑を耕すようにね」
「はい。それで、分かりましたか」
「何が」
「ああ、ですから、そのお婆さんのことです」
「習わなくても言葉は知っておる。私より多くね。文字も綺麗だし、言葉遣いに間違いもない。これは人と話しているとき、実に流ちょうで、言葉に詰まることもない」
「それは天才だったのではないのですか。特殊な例で」
「そうかもしれんが、うちの祖父も言い負かされた。畏れ入ってしまい、嫁にした。田舎から奉公で、うちに来ていたらしい。だから下女だよ」
「そのお婆さんのメカニズムが分かれば、ものすごい発見になりますよ。お爺さんと出合われた頃は、一冊も本など読んでおられなかったのでしょ」
「いや、芝居とか浄瑠璃とか、歌なんかが好きでね。それと村では皆から可愛がられ、年寄りから色々と昔話や言い伝えなどを聞いていたらしい」
「先生、それも一種の本じゃないのですか」
「まあ、そんな村の言い伝えや昔話など、本にはなっておらんはずだが」
「そういう意味じゃなく、活字を追う読書ではなく」
「だから、そんな人はいくらでもいる」
「ですから、やはり、先生のお婆さんは天才だったのですよ」
「そうだな、祖父より賢かった。しかし、祖母に遊んでもらっているとき、そんな感じは微塵もなく、晩年まで祖母は普通のお婆さんのままだった。しかし、祖父を支えていたというより、実際に仕切っていたのは祖母なんだ。これは何だろうと、今でも考える。だから、大きなテーマだ」
「失礼ですが」
「何かね」
「先生の奥さんは」
「祖父を真似たわけではないが、我が家の本拠地だった田舎からもらったよ」
 そのとき、応接間のドアが開いた。
 二人は黙った。
 酒と肴を足し、さっと出ていった。
「奥さんですね」
「ああ」
 老学者が話の続きを始めたのは、奥さんの足音が消えてしばらく立ってからのことだった。
 
   了

 


2016年4月9日

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