小説 川崎サイト

 

下田の陽動作戦


 スーとやってしまうのが一番だが、このスーはすぐには出ない。何事もやる前にはそれなりに意識的になる。たわいもないなら、たわいないと考え、逆になかなかやり始められないこともある。つまらない用事の場合はなおさらだ。これはその手前で、そう意識するためだろう。それらをスーとやってしまえるのは、意識が止まったわけではなく、意識するほどのことではないため、スーと行くのだろう。
 何事もスーとやって仕舞えたのでは、逆に困ったことになる。良いことも悪いこともスーとやってしまえる。そのため、スーと行かない方が実は好ましい。
 熟考に熟考を重ねたことなら、それが沸点に達し、スーと行くとは限らない。思い続けていたことと全く違うことを、スーとやっていたりする。だから、考えが足りないのではない。
 そのため、本当にやりたいこととは逆のことを考え続け、思い続けておれば、スーと、本当のことに入っていけるかもしれない。これは陽動作戦で、本当にやりたいことは、それ自体を考えれば、なかなか行動できない。熟考すればするほど実現が難しくなったりする。その一歩さえ足が出ないほど。
 これは最初から答えが分かっているのだろう。熟考する必要もないほど。
 下田はこのタイプの人間で、これは誰にでも当てはまらない。いつも賛成に回っている相手を、ある日急に裏切ることがある。本当に応援したい人は、応援できない。嘘臭くなるのと、照れくさいためだろう。だから、普段は応援したくない人を応援し続けている。そして大きな筋目のとき、スーと裏切る。これが実に気持ちがいいようだ。
 ある一つの事柄を考えすぎると、こじれてしまう。大事なものはあまり考えない方がいい。弄らないことだ。下田はそういう方針というより、本心を隠すタイプなのだ。これはたちが悪い。
 そのため、本意ではない人と仲良くする。本当に仲良くしたい人とは接触しない。
「しかし下田君、それじゃ君の信用問題になるが」
「いえ、信用などなくなってもいいのです。逆に負担です」
「ほう」
 下田はこの上司と仲がよい。それだけに、この上司、下田の発想方法を知っているだけに、これは陽動作戦だと見抜いている。しかし、もう長い間、上手く行っている。
 そして、かなりの年数が経ったが変化はない。
 上司は下田の陽動作戦など、嘘ではなかったのかと、最近思うようになった。
 
   了

 


2016年4月13日

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