小説 川崎サイト

 

ヘネ


「ヘネだよ」
「ヘネ?」
「ヘネ的事項だよ」
 入社して間もない荒垣は意味が分からない。季候がよくなっていることから、何処かへ皆で遊びに行こうというものだ。これは珍しく偉いさんが言い出した。それに対し、荒垣の主任はヘネだと言っている。
 主任はそれだけ言い、仕事に戻った。
 荒垣は気になり、先輩に聞いた。新入社員は荒垣一人で、同期はいない。
「バーベキューのことかい。部長が言いだした」
「そうです」
「断るわけにはいかないだろう。まあ直接の上司じゃないけど、今後もあるしね。あの部長、やり手なので、将来所長になるだろう。そのことを考えれば、断れない」
 非常に丁寧な説明で、荒垣は満足した。
 そのバーベキューのお誘いが早速荒垣にも来た。幹事が会費を受け取りに来たのだ。
 会費がいるのかと荒垣は、少しだけ違和感を抱いた。これは会社の行事ではなく、部長の私的な行事だったのだ。
 幹事が請求した金額は、かなり高い。訳を聞くと、遠出しての一泊らしい。そこまで郊外に出ないと、自然を満喫しながらバーベキューが食べられないとか。
 荒垣はそれを払えるお金は財布に入っているが、ここで使うと給料日までの最後の一週間が苦しくなる。それで、即答を避けた。
 結局次期社長の、今の部長の取り巻きの一人になるということだ。しかし会費が気になる。それに荒垣は部長がどんな人なのかも知らない。偉い人なので、話したこともないし、その用事もない。
 今の荒垣にとり、主任が親のようなもの。一から全部教えてもらったし、意地悪もされなかった。また失敗しても、荒垣が恥をかかないように、うまく取り繕ってくれた。そして、しくじるようなことはあらかじめ言ってくれた。知らないでやってしまうようなこともない。知るべきことは箇条書きにして、教えてくれた。それでも判断が付かないときは、聞きに来いと。
 荒垣は、今がそのときだ。
 主任は椅子に腰掛け、何やらチェックしていた。邪魔をするのは悪いのだが、荒垣はバーベキュー会について、どうすべきかをまた、聞いた。
「だから、ヘネだよ」
 さっきと同じ答えだ。こんな妙な言い方をするのは主任らしくない。何か持って回ったような説明だ。しかし、その言葉付きからして、やめた方がいいと言っていることは分かる。だから答えをもらったようなものなのだ。しかし、ヘネが気になるので、もう一度聞いてみた。
「ヘネとは何ですか」
「出掛けるより、家で屁をこいて寝ていた方がまし」
 持って回った言い方をするのは、主任らしくなかったが、これは仕事の話ではないためだろう。
 
   了




2016年4月21日

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