小説 川崎サイト

 

老いた農夫


 島田は朝、少し遠いところまで用事で出掛けた。その用事は大したことではない。すぐに終わる。そして戻り道、別の道を通っていたのだが、住宅地の中にまだ畑が残っている。走っている道は昔の農道だろう。一人の農夫が鍬で畑を耕している。畝を鍬で作っているのだ。季節になると水田になるのだろう、田圃一枚分は結構広い。
 その畑、完成すれば、畝がレールのように何本もできるだろう。これを老いた農夫が手作業でやっている。そういう機械を使わないで。
 農夫といっても金持ちだろう。着ているものは粗末な野良着、つまり作業着だが、この畑だけを持っているのではなく、他の田は売ったのだろう。または土地を貸しているかだ。マンションにした農家もあるので、身なりとは逆に金持ちなのだ。
 島田はそんなことを思いながら家に着いた。この家も元は田圃だった場所だろう。
 そして午後も遅く、もう夕方前、また用事ができたので、あの農夫のいた方角へ向かう。そして戻り道、あの農道を通っているとき、まだあの農夫がいる。午前中見た農夫と同じだ。当然同じ畑。そして同じ位置。
 これは何だろうと島田はゾクッとした。特に怖いものを見たわけではないが、同じ位置。捗っていないのだ。畝も朝見たときより増えていない。
 島田はさらに近付き、農夫を見た。朝と同じ位置で鍬で土を均したている。まるで、それだけを繰り返すアニメのように。
 農夫との距離が縮まったとき、島田は自転車から乗り出すように農夫を見た。そして覗き込むように農夫をまじまじと見たため、農夫も気付いて島田を見た。
 農夫は遠くから見ていた顔よりも若々しい。農夫は一瞥しただけで、すぐに畝作りを始めた。しかし同じ場所だ。
 背筋がぞっとした意味は分からない。しかし、あれではないかと島田は察している。そうであるかもしれないし、ないかもしれない。
 翌日、またその農道へ行った。今度は用事はない。昨日の用事など吹っ飛ぶような用件が畑で発生したのだから。
 いつもは帰り道なので、逆側からその農道に入り、農夫がいた畑を見た。方角が違うと、違う場所、違う畑のように見える。
 農夫はいない。畝もそのまま。
 それから二ヶ月後、島田はまたその方面に用事があったので、ついでにあの農道を通る。
 畑は季節になったのか、水田になっていた。
 
   了

 



2016年4月26日

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