小説 川崎サイト

 

怪傑紅ガラス


 世の中には怪人と探偵だけがいるわけではない。その他大勢の一般人、社会人がいる。さらに付け加えると怪人を追うのは探偵だけではなく、正義の使者がいる。これは正義の味方であり、ヒーローだ。村田英雄ではないが英雄だ。
 しかし、この時代、正義の使者は存在しにくいが、猟奇王や沢村探偵が生き延びているように紅ガラスがいる。紅硝子ではなく、紅鴉だ。紅孔雀が珍しいように、紅鴉も珍しい。
 この紅ガラス、正しくは怪傑紅ガラスと呼んでいるが、自分で呼んでいる。
 その出自は正しい。甲州紅ガラス一族というのがおり、正義の使者を多く世に送り出している。そういった山奥に正義の里があり、怪傑紅ガラスはその最後の世代。今は里は廃村に近く、もう正義云々というような家はない。紅ガラスはそれら家々の頭領だが、実際に活動しているのは、紅ガラス一人。そのため、紅ガラスの里に戻っても。フォローは受けられない。
 同じように猟奇王の手下の忍者は甲賀出身。こちらも似たようなもの。この時代まで忍者をやっている家がある方がおかしい。ただ、先祖はやっていたとしても、今は本来の忍者活動はしていないだろう。
 甲州紅ガラスの里はその意味で歴史が浅い。伝説では武田信玄の忍軍だったというが、これは嘘で、実際には攘夷活動で奔走していた時代に始まる。幕末の尊皇攘夷家の家系なのだ。夷狄、つまり外人を討つと言うことだ。
 この紅ガラスも夷狄を討っている。それはプロボクシングジュニアミドル級戦で外人ボクサーを倒し、東洋チャンピオンになった。本来はボクサーだ。これは世界王者なら知名度はあるが、東洋タイトルでは知る人は少ない。引退後というか、一度も防衛できないまま、引退したのだが、正義の道を走った。そして外人ではなく怪人を討つことを目指す。決して間違った生き方ではないのだが、なかなかそんな出番はない。
 しかし、正義のヒーローとして名を上げ、紅ガラス一族の復興を夢見ていたのだ。どんな夢や希望を抱いても良いが、ものによるし、また程度の問題もある。当然手段も。それが正しい行為であったとしても。
 さて、その紅ガラス、長く猟奇王を追いかけているが、最近は病気が治ったのか、大人しく暮らしている。そんなとき、今では生業になったアルミ缶拾いの最中、一枚の紙切れを拾う。紙には興味はないし、一枚の紙切れなど、拾っても一円にもならない。拾う行為で一円以上の労力がかかる。
 その紙切れに「デカメ石を頂く、猟奇王」と書かれていた。紅ガラスは目玉を倍にした。まん丸になり、まるで鳥の目だ。
 これは沢村探偵に頼まれ、猟奇王の予告状を便所バエ探偵に渡しに行く途中で、少年探偵団の久松が落としたものらしい。
 これをきっかけに、地味に暮らしていた紅ガラスの正義の血を騒がせることになる。これは世の中にとって迷惑な話なのだが、正義の使者ほど、それに気付かないものだ。
 猟奇王が点けたロマンの火が、いま正に燃えようとしていた。
 
   了



2016年5月9日

小説 川崎サイト