小説 川崎サイト

 

ライブハウス


「ここもそうだ」
 ライブハウスに入った瞬間、岸本は残念そうな顔をした。先輩のミュージシャンが言っていた通りだ。その先輩はもう三十前で、勢いを失っているが、岸本はまだ二十歳過ぎ、これからだ。
 昼間なので、ライブはやっていないので、岸本は適当なテーブルに着く。若作りでいやに髪の毛の長いお婆さんが注文を聞きに来たので、マスターを呼んでもらう。つまり、ここでライブができないかと、相談というより、売り込みに来たのだ。しかし、入った瞬間残念な結果が見えていた。客層だ。
 これはスケジュール表を見たとき、既に分かっていたのだが。
 出てきたマスターは若い。岸本の先輩より、少しだけ年上だろうか。
 岸本は一応DVDを渡す。CDでもいいのだが、動画の方がいいと思ったからだ。先輩が映像もやっており、プロモーションビデオを作ってくれた。
 しかし、これが失敗だった。音だけ聞きたいらしい。だから、音だけでいいと言われた。他の人にも聞かせるので、できれはカセットテープがいいらしいが、岸本はラジカセを持っていない。しかし、デモテープはカセットに限るとか。これはマスターの意見ではない。
 岸本が拠点としている界隈は、ライブハウスが三つほどあり、さらに普通の喫茶店や、一寸したスペースでもライブをやっている。当然屋外でもあるが、先輩とはそこで知り合った。つまり、若手はホームレスなのだ。路上ライブが多い。屋根や音響がしっかりしているような場所など、十年早いとか。
 その先輩もパッとしない人で、今は後進の指導にあたっている。岸本はそのギター教室の生徒でもある。
「この界隈じゃねえ」というのが先輩の口癖で、パッとしないまま終わったのは、そのためらしい。
 岸本もその二の舞になると、先輩は心配するが、それは他のテリトリーへ行っても同じらしい。蔓延しているのだ、それが。
 岸本は音楽CDを焼き、夕方出直した。その時間帯、ライブが入っているようなので、店の雰囲気を知りたい。音響や照明なども知っておきたい。
 そして、思った通り残念な結果になった。先輩が言っていた通りだ。
 それを思い出しながら、大昔の外人シンガーの猿真似のようなだみ声で歌うミュージシャン達を見ていた。
 先輩が言うには、この人達は引退しないらしい。そのため、どう見てもお爺さんやお婆さん。その次の世代、さらにその次、そして、岸本の先輩世代になるのだが、入り込めない。先輩の先輩でも若手で、新人扱い。岸本になると、曾孫だ。お爺さんのその上の親が現役で仕切っている。そのグループの勢力が強く、ピラミッド構造ができていた。
 そして、ライブが終わった後、ライブハウスは酒場となり、どう見ても老人クラブの慰安会。
 まだ若いマスターが岸本の横に来たので、岸本はCDを渡す。
「分かるでしょ」
「え、はい」
「無理だと思いますが、一応聞いておきます」
「はい」
「何とかしたいのですがね。この状態」
「あ、はい」
 
   了



2016年5月10日

小説 川崎サイト