小説 川崎サイト

 

長老の心情


「心情かね」
「はい」
「そりゃ思うことは色々とありますよ」
「最近、どんな心情に」
「え」
「最近、どんな思いをされています」
「いつ頃?」
「ですから、最近」
「二三日?」
「もう少し以前でも」
「思いというのは始終しているでしょ。だから一番新し心情は、あなたと会って、こうして話しているときです」
「それ以前で、お願いします」
「何が聞き出したのですかな」
「最近、どんな心情で眺めておられるのかを知りたいだけです」
「そんなもの、大したことはないよ。私が何を思い、何を考え、どんな心情でいるのかなど、とるにたらんでしょ」
「いえ、ここは、この業界の長老として、一つ釘を刺す意味で」
「釘」
「はい、この荒れた業界、先生はどう思われているのかを知りたいのです」
「そんなもの知って、どうするのかね」
「広く伝えたいと。先生は警笛を鳴らしておられると」
「私は蒸気機関車のポーか。何も発してはおらんが」
「どうです」
「何が」
「ですから、最近、どんな感じで見ておられます」
「君は私の心情を聞きたいのだろ」
「はい」
「それも業界のことを」
「そうです」
「狭いねえ、範囲が」
「そうでしょ、彼らがやっていることは狭い考え方なんです。先生もそう思われますよね」
「いや、そうじゃない。業界のことなど、狭い範囲だと言っている」
「業界が狭いのですか? 狭い業界だと言うことですね」
「私の中での業界は、狭い」
「はあ、一寸範囲が分かりません」
「君は最近の私の心情について聞いたのだろ」
「そうです」
「歯が痛い。浸みる」
「え」
「税金を滞納してねえ、こんなもの払う必要はあるかと放置していたら、電話がかかってきた。嫌な心境だ。どうせ払うんだがね、すんなり払うのはしゃくに障る。しかし、遅らすと、さらに嫌な気持ちになる。やはりすぐに払った方がよかったのではないかと後悔している」
「あ、はあ」
「これが最近の私の気持ちだ」
「業界については」
「君は立花派だろ」
「はい」
「じゃ、親立花派的意見が欲しいんだ」
「はい、そうです。長老は反立花派の動きを憂いていると、そういう心情だと」
「だったら、適当に作文すればいいじゃないか。それに君、心情心情と、最初から心情という言い方がおかしいよ」
「はい、改めます。それで、いいんですか」
「どうせ私は立花派系の長老だ。それ以外の意見は言えないだろ。どうせそうなるのだから、それでいい」
「はい、その確認が欲しかったのです」
「そういう動きが増えている。これが本当の今の心情だよ。いや心境、そんな大層なものじゃない。ただの感想だ」
「あ、はい」
 
   了



2016年5月11日

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