小説 川崎サイト

 

廃町の猟奇王


 青柳屋敷のデカメ石強奪予告を出しただけで、茶を濁した猟奇王だが、この実行されなかった予告状が、落ちるところに落ちた。つまり、沢村探偵や少年探偵団へと。
 しかし、その予告状を実際に落としたのは丁稚の少年探偵久松で、拾ったのは正義の使者、怪傑紅ガラス。これで役者が揃った。
 その張本人の猟奇王は、再び青柳屋敷を目指していた。再挑戦ではなく、前回そこへ行く途中、立ち寄った古びた商店街だ。この寄り道で遅刻し、予告状通りには動けなかったのだが、これは最初から青柳屋敷になど行く気がなかったのかもしれない。それよりも、あの商店街が気になるのか、方角は同じだが、寄り道の続きに出掛けた。
 前回は一軒だけ開いている古本屋へ立ち寄ったので、武者小路実篤のお目出たき人の続きを読んでいた。こういう古本屋で読む日本文学は独自の趣があるようで、書斎で読めば退屈する文章でも、ここではスラスラと読める。
 しかし、いくらスラスラでも、疲れてくる。それで、何気なく奥を見るが、誰もいない。客もいなければ店主もいない。これでは万引きのし放題。そして怪人であり、怪盗でもある猟奇王にとり、何の動作もいらない。これは誰でも可能だが、そんなことをしないのが怪人だ。それではただの泥棒。下等犯罪、しかもレベルが低すぎる。
 強盗よりも予告状を出しての強奪の方がレベルは高い。なぜなら警備しているためだ。しかも日時指定ではさらに高い難度となる。そんな猟奇王が万引きなどするはずがない。これは道徳観でも倫理観でもない。歯応えがなさ過ぎるため。
 この商店街、雨戸やシャッターしかない通りだが、古本屋だけは開いていた。しかし、誰もいない。これは気になる。
 古本屋を出た猟奇王は、商店街のさらなる奥へと進む。こちらは未踏地だ。しかし古本屋は商店街の中程にあったようで、すぐに店屋は途切れ、普通の民家がごみごみと密集している場所に出る。しかし、人通りがない。
 尻尾を下げた野良犬が、前方の路地から出てきて、とぼとぼ横切った。小汚い赤犬だ。山賊のような尻尾をし、毛並みの悪さから、ろくなものは食べていないのだろう。
 さらに進むと、そこは貧民窟らしく、小汚い家が抱き合うようにびっしりと並んでいる。木造モルタル塗り、そしてベニヤやトタン、ブリキなどで剥がれた壁を補強しているのか、町並みが茶色く見える。
 猟奇王は、秘境を見た。
 廃村、限界集落があるように、限界町内、廃町だろうか。
 そこは三方を工場に囲まれている。そのためこれが外界からの目隠しになる。幅の広いどぶ川が流れ、また工場の高い裏塀で逆囲みされた城壁。三方は塞がれているので、工場内を通らなければ、ここへは出入りできない。当然道などない。
 猟奇王が入り込んだのは残る一方からで、それも商店街の細い道でしか通じていない。
 黒く煤けた家がいくつかあるが、これは火事だろう。度重なる放火攻撃に耐えてきたのだ。しかし、建物の老朽化が激しいのか、住む人が減り続け、今では数人かもしれない。
 しかし、人の気配はあり、歩行者や、自転車に乗っている人もいる。無人ではない。
 猟奇王は古本屋に誰も人がいない理由は、これではないかと感じた。あの商店街と、この廃町は同じ繋がりの中にあると。
 後ろからガチャガチャと音が近付いてくる。猟奇王はとっさに横に避ける。もう少しで、その自転車とぶつかるところだった。それはアルミ缶を満載した自転車で、乗っているのは怪傑紅ガラス。
 ここは正義の使者紅ガラスの里ではなく、紅ガラスの巣だった。
 
   了



2016年5月13日

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