小説 川崎サイト

 

高難度な職種


 小川はイラストエーターで、漫画家で、画家で、映画監督で、バンドもやっており、さらに音楽評論家でもある。最近は写真家もやっている。この中で、抜けているのは、普通の仕事だ。
 それらを一枚の名刺に肩書きとして並べると、一枚では入りきれないか、または文字が小さくなりすぎる。それにどう見ても、これは信用ならん人物のように思われるだろう。
 しかし、普通の人でもイラストや漫画を画く、普通の絵画も画くだろうし、一寸したストーリーぽい動画も写すだろう。歌ったり演奏することも珍しくない。音楽について、色々語るのも、普通の人でもやっている。だから、実際にはこの肩書きは珍しくも何でもないのだ。
 写真家の次は役者も始めた。これは小劇場、アングラだ。役者であり脚本家でもあり、座長でもある。しかし旗揚げのとき他の劇団などに一升瓶を持っていなかったので、弾き出されたが。
 しかし、ここまで盛りが多いと、あなたは誰ですか、何をしている人ですかと聞かれたとき、小川はどう答えていいか、困るのだが、聞いた人に合わせて、職種を選んでいる。
 しかし、そんな多彩でマルチなことをやっていたのは若い頃で、今は手付かずだった普通の会社で、普通のサラリーマンをしている。実は、これが一番難度が高いようで、いくつも会社を変えている。小川の力がないためで、うまく勤まらない。決して気に入らない仕事や職場なので、自分からやめて、他へ行くのではない。やってられないのではなく、できないのだ。
 会社の仕事がこんなに難しいものかと、多芸多才な小川は自信を失った。一般職より、イラストレーターになる方が難しいはずなのに、これは才能があれば、意外と簡単なのだ。
 何の面白味もないことを、毎日毎日繰り返し、仕事にカタルシスはなく、同僚や上役、そして空気、足並み揃え、飛び出さず、引っ込みすぎずの田植えのようなことが、快適なはずはない。そして朝は眠いのに起きないといけない。起きたくなくても。これは難度が高い。
 それなら、元のイラストレーターとかのアーチストに戻ればいいようなものの、こちらは評価を受け、認められたときがゴールで、そこでやめてしまっている。若いときに短時間のうちに、色々なジャンルで頭角を現したのだが、頭の先を出したところで、引いてしまったのだ。これは魅力が消えたためだろう。情熱の問題だ。
 そして今は難攻不落の普通の勤め人の城を攻め続けている。そろそろ定年が近いのだが、この城は落ちないようだ。
 
   了


2016年5月14日

小説 川崎サイト