小説 川崎サイト

 

下を向いて歩こう


 暗がり先生がいる。当然税務署にそんな名では申告できない。屋号でもない。ただの呼び名、あだ名、ニックネームだ。
 暗闇ではなく、暗がり。だから闇ではない。少し暗い場所程度。地名にも暗がり峠がある。樹木の多い薄暗い場所だろうか。
 暗がり先生の口癖が「下を向いて歩こう」。下向き。決して上向きではないので、発想としては暗い。ただ上が明るく、下が暗いわけではない。陽のある空は明るいが地面も照り返しで、さらに明るかったりする。そして一番明るい太陽は逆にまともに見ることはできないだろう。
 照り返し。太陽の反射だ。それを見ている。間接的に。だから暗がり先生は決して暗いところを見よと言っているのではない。そのものを直接見るのではなく、間接的に見よと。これは影響を受けているものを見よと。
 そうなると本質を見ないで反応のようなものを見ていることになるので、狭く、暗いとなるのだが。
 上を向いて歩くとガードが甘くなる。顎が上がっている。また足元がよく見えない。遠くを見るのはいいのだが、逆にリアリティーがない。
 下を向いて歩いていると、地面すれすれの草花も視界に入る。地面を這う虫も。
 広い世界か、狭い世界かの選択では、暗がり先生は狭い世界になるのだが、そこから広い世界も見えるのだ。また人は狭い世界に生きている。
 しかし、暗がり先生の言はあまり景気が良くない。いつも暗いことばかりを考えているように思われてしまう。実際、そうなのだが、景気は良くないが、低いレベルで安定している。この場合、景気ではなく、覇気だろうか。
 それで、この暗がり先生の弟子は少ない。テンションが低く、地味。
 しかし、この暗がり先生、以前は真上を見て歩いているような人だった。当然足元が見えず。転んでしまった。その反動で足元を特に注意して見るよう、下を向いて歩こうになった。
 当然、下ばかり見て歩いていた人が、頭をぶつけ、その後「上を向いて歩こう」になることもある。
 こんなもの、好きなところを見て歩けばいいのだ。
 
   了




2016年5月21日

小説 川崎サイト