小説 川崎サイト

 

見たことのある自転車


 富田がコンビニに行くのは自炊をサボっているときか、体調が悪いとき。その日はサボっている日で、一寸集中しないといけない仕事ができた。仕事というのは生計を立てるために働くことではない。ただの「すること」「やること」も仕事。何かをしている、ということだろう。それが有為なことか無為かに関係なく。
 その日は後者だった。そちらの方がより熱が入り、集中力も増す。そのため夕食の準備などやってられない。このまま戻ってすぐに始めたいので、コンビニ弁当ですませることにする。できれば作業をしながら食べられるようなもの、従って箸を使わないでいいようなサンドイッチでもいい。もっといえばポテトチップスでもいい。最近食べ過ぎており、夕食を抜いてもかまわないほどだが、やはり口が寂しい。しかしポテトチップでは腹が減ることが分かっているので、カツサンドあたりがいい。それとコロッケパンがあれば何とかなる。そして野菜ジュース。これは飲めば野菜も取った気になれる。
 富田は仕事のきっかけとなった本屋の立ち読みから、コンビニへ寄る。たまにしか入らない店だが、すいているので、レジで並ばなくてもいい。そして自転車をドアの右側に止めた。まだ公衆電話が残っている。その横だ。自転車置き場というか余地はドアの左側の方が広く、そこに何台か止まっているが、道から近いところに止めた。
 そして予定通りのものを掴み、レジに立ったとき、ドアの向こうや窓の向こうが見える。道路が走っている。それではなく妙な自転車が止まっている。それを気にしながら富田は勘定を済ませ、さっとドアを開け、その自転車を見る。
 妙だというのも妙だが、ハンドルの付け根とか、サドルの下などが錆びだらけで、ハンドルグリップの付け根も手垢で黒く、ベルはあるが、引くレバーが取れている。汚い籠にこれも汚いカバーがねじ込まれている。それが妙というのではない。何処かで見た覚えのある自転車なのだ。
 そして富田はレジ袋をぶら下げ、ドアを開け、自分の自転車に向かうが、ない。数台止まっているのが、そこにはない。まさか盗られたのかと思うと、面倒な気になった。歩いて帰らないといけない。これが嫌なのだ。それにせっかく熱中できる仕事を見付けたのに、水を差された。
 しかし、すぐに分かった。ドアの右側に止めたと勘違いしていたのだ。出るときは電話ボックスのある左側になる。また、いつものコンビニならそうしている。
 これで、妙な自転車の正体が判明する。自分はこんな自転車に乗っていたのかと。
 
   了

 



2016年5月23日

小説 川崎サイト