小説 川崎サイト

 

ゾンビを見た


「ゾンビを見たわ」留子が言う。
「え、ゾンビ」この嫁はたまに妙のことを言う。
「夜中、廊下を歩いていた」
「じゃ、お爺さんが便所へ行ったんだろう」
「違う、あればゾンビよ」
「足が悪いんだ。だからゆっくり歩いているだけ」
「庭でも見たの」
「何を」
「だからゾンビ」
「お爺さんが庭に出ただけだろ」
「違う。もっと背の低い人で、太っていた」
「え」
「ゾンビよ」
「じゃ、曾爺さんの弟さんかもしれない。離れを使っているはずだ。親父が言ってた」
「女ゾンビも出たわ」
「え、お婆さんは施設に入ってるからねえ、誰だろう」
「長い髪の毛の」
「ああ、出戻りのお糸さんだ。大叔母の娘だ。離れの二階にいるはず」
「そんなものがまだいるの」
「他に大叔父の義理の弟とかが倉暮らししているよ。そこで引き籠もっている」
「夜中怖いわ」
「身体が悪いので、ゆっくり歩いているだけで、ゾンビなんて言い方、失礼だよ」
「でも、あれはゾンビよ。屋敷の外でも、ゾンビが出たって噂あったから」
「年寄りが散歩していたんだろ」
「調べてくる」
「何を」
「だから、ゾンビを」
「家の中に、そんなゾンビはいない」
「ウジャウジャいるかもしれないじゃない、一人見かけたら二十人はいると聞いたわ。あとの十九人は隠れているのよ」
「じゃ、うちはゾンビだらけじゃないか」
「心配だから、見てくる」
「離れに入っちゃだめだ」
「離れじゃなく、町の様子を見るの」
「町」
「この近所じゃ分からないから、バスターミナルで様子を見てくる」
 留子は町へ出た。
 賑やかなはずの店屋街の雨戸は閉まっており、ぽつりぽつりと人がいる。よく見ると歩いている。
「ゾンビだわ。町はゾンビに占領されたんだわ」
 留子は急いで屋敷に戻り、報告する。
「そうか」
「屋敷内のゾンビ、早く心臓に杭を打って殺さないと」
「そこが難しい」
「どうして」
「だって、家内の人達、そういう動き方をするから」
「あれはゾンビの歩き方だわ」
「だから、その判断が難しいと言ってる。爺さんは足が悪いからゾンビ歩きしているだけだよ」
「紛らわしいわねえ」
「襲ってきたら、ゾンビだと認めよう」
 しかし、この一帯でのゾンビ騒ぎはなかった。
 留子がゴーストタンのように見えた店屋街は、定休日だった。
「紛らわしいわねえ」
 
   了



2016年5月27日

小説 川崎サイト