小説 川崎サイト

 

好奇心


 好奇心とは、好ましい気持ちになることだろうか。しかし、それなら「好心」だ。するとこれは色っぽくなり、そちら方面のジャンルになる。色好みということだ。これは色彩関係に興味があるのではない。色にも色々ある。
 問題は「奇」だ。そのまま取ると奇妙なものが好きとなる。変わったものが好きとも。そうなると、これもまたジャンルが絞られたりする。色好みではなく、物好き、いかもの食い、下手物と。
 一般に言われている好奇心とは、もっと幅が広く、色々なことに興味を抱く、関心を抱くタイプの人だろう。まあ、その中に色好み、物好き、物好みも含まれているが、好奇心とはもっと抽象的だろう。
 好奇心旺盛、これはいいことだ。奇妙なものを好むのではなく、自分にとって妙だと思えるものに興味を示す。世間の人なら普通に受け止めていることでも、そう感じないで、奇妙に感じたりする。また、取るに足らぬものにも興味を示す。本人が「あれっ」と興味を示すためだ。
 専門的な僅かな違いに関心を抱く場合もあれば、何も知らないので、単純なことで驚いていることもある。
 そのため好奇心の出所は対象ではなく、本人かもしれない。では本人の中の何処からだろう。
 何でもかんでも関心を示し、物事を楽しめるタイプの人もいる。これは単純に言えば面白がれる人で、悪く言えばただの面白がりだ。
 興味本位、単なる好奇心で聞きますが、となると、下世話な意味合いが出る。
 さて、その一つとして高橋の好奇心について紹介しよう。これは大人しい例だ。
 何かの用事で、ある町を歩いていたとしよう。前方左手にこんもりとした塊がある。神社でもあるのだろう。そういうのが視界に入っていても気にも掛けない人もいる。
 さらに少し行くと今度は右手にも小さな繁みが見える。似たような小さな森。左手にあるのが神社なら、右手にも神社があることになる。これが気になる。一方はお寺だろうか、または公園だろうか。それを知りたい。
 これは好奇心の成せる技なのだが、そんな技術はなく、町の規模や、周辺の様子から神社だと断定するあたりは、それなりの経験があるためだ。
 両方神社だとすると、一方は村の氏神様、鎮守の森だろう。そして一方は別の系譜の神社。もしそうなら、何を祭っている神社なのかを知りたい。しかし、寺や公園ならハズレ。
 その日は用事で寄り道できなかったが、戻ってから地図で確認する。それで、解答が分かる。
 この好奇心も対象が広い。人により範囲がばらばらなのは好みが違うからだろう。
 
   了

 

 



2016年5月31日

小説 川崎サイト