小説 川崎サイト

 

野犬のシロ


 長く愛犬として可愛がられていたシロがある日、消えてしまった。鎖で?がれており、一度も外したことがない。流石に鎖は切れないのか、首輪を抜いたようだ。緩んでいたというより、長い間をかけ、首抜けの練習をしていたのだろう。
 飼い主から見ると子犬の頃から飼っているので、よく懐いていたし、散歩もよく連れて行ったし、また餌も普通に与えていた。脱走する理由がない。
 それにこの時代、首輪も鎖もない犬は生きていけないだろう。主人は心配し、探したり貼り紙などもしたのだが、見付からなかった。
 そこから少し離れた山際に、シロがいた。
「うんざりだった」
「それで逃げてきたのかい。しかし、大変だよ野良犬は」
「分かってる」
「何か不服があったのかい」
「相性が悪かった」
「飼い主とかい」
「そうだ。嫌いだった。小さい頃から」
「それで、逃げたのか」
「あのままじゃ死にそうだからね。辛抱できない」
「しかし、野良じゃ餌探しも大変だよ」
「人様のものを頂きに行くからだよ。それに落ちてないだろ」
「野良も大変なんだ」
「餌なんて落ちてないからかい」
「そうそう。あれは誰かが餌をやってるから生き延びているんだ。しかし、犬じゃ、それは無理だ」
「じゃ、君はよく生きてるなあ」
「猫が残した餌を食べているんだ」
「じゃ、飼い主が猫に変わっただけじゃないか」
「猫は嫌いじゃない。それにいつも餌を残してくれる猫とは仲がいい」
「そうかい」
「それで、どうするつもりだい」
「野良犬じゃなく、野犬になる」
「野犬」
「山に入る」
「山犬か」
「そうだ」
「いるよ。この山にも、群れてるよ。あれはあれで大変だよ」
「一匹狼で行く」
「君は犬じゃないか」
「じゃ、一匹犬だ」
「しかし、狩りが大変だよ」
「何とかなる」
「人の食べ物を当てにしないのなら、それしかないからね」
「じゃ、行く」
「野犬の群れがいる場所へ行っちゃだめだよ。野犬が怖いんじゃなく、野犬狩りが怖いから。できるだけ、山の奥へ行くんだよ」
「よく知ってるなあ」
「たまに野犬がここまで来て、話してくれる。年寄りの駄犬だけどね」
「そうか」
「渋沢谷の山麓がいいらしい。鹿がいる。まむしがいるから人は来ない」
「渋沢谷か。しかし、場所が分からない」
「じゃ、匂いを教えてやる」
 シロはその匂いを得て、渋沢谷へ向かった。
 飼い主が思っているほど、犬は懐いてたわけではないのだろう。逆に嫌悪感一杯で、逃げ出す犬もいた。
 
   了

 


2016年6月4日

小説 川崎サイト