小説 川崎サイト



蜘蛛の糸

川崎ゆきお



 戸田はマニュアル書をネット上で買った。本屋で売っている本の十倍の値段だった。
 怠け者の戸田は、ネットビジネスで生計を立てようとしていた。これは怠け者では絶対に出来ない仕事なのだが、コピー文にだまされた。
 しかし戸田は馬鹿ではない。怠け者ほど狡い知恵が働く。怠けるために進化したような知恵だ。
 だまされる振りをするのも怠け者の知恵だ。
 戸田が買ったマニュアル書は情報商財と呼ばれている。デジタル化された本だが、本ではない。
 つまり、作る側はほとんど元手はかかっていない。
 戸田は「ネット大成功大秘伝書」のタイトルをダウンロードした。大金を支払った者だけが見ることが出来る情報だ。
「やはりそうか」
 と、戸田は最初の数行を読んだだけで理解した。
 戸田はマニュアル書に従い、ネット上のマニュアル書販売ページに参加した。
 タイトルは「ネットビジネスで超大成功超秘伝書」とした。
 本の中身は「ネット大成功大秘伝書」のテキストをコピーした。
 その販売ページには似たようなタイトルがずらりと並んでいた。みんな戸田と同じことをしているのだ。
 最初に秘伝書を書いた人物がいるはずだが、誰かは分からない。
 戸田は買った価格で売った。電子書籍はいくらでも複製が出来る。物ではないからだ。
 戸田の本を十人が買えば、元が取れるどころか、儲かる。
 しかし、一冊も売れない。
 戸田は似たような販売ページを探しだし、そこでも販売した。販売するには店代が必要だった。
 複数の販売所をうろうろしていると「ネット大成功本にだまされない方法」という、マニュアル書を発見した。戸田は思わず買ってしまった。
 戸田は蜘蛛の巣にはまったことを自覚したが、まだまだ自分はだまされている振りをしていると思い続けた。
 もしかして、戸田と同じような目論みの人間がマニュアル書を買い合いしているだけではないかと思った。
 戸田の本は蜘蛛の巣の糸の一本に過ぎない。
 戸田が偶然最初に買った売り主がいるように、戸田の本を偶然買う新たな犠牲者が出ることを願いながら、罠の管理に勤しんだ。
 
   了
 
 


          2007年3月15日
 

 

 

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