小説 川崎サイト

 

うたかたの夢


「大将、どうなってまんねん」
 忍者の臭い声で、猟奇王はうたた寝から覚めた。
「うたかたの夢が消えたではないか。あまりにも儚すぎ、どんな夢やも忘れた。今見ていた最中なのに、これは早い。それほど貴様の声が現実臭いのよ」
「そんな解説どうでもよろしいですらから、青柳屋敷はどうしますねん」
「終わった」
「予告状、出しただけやないですか」
「十分な労じゃ」
「手下の下忍、まだ屋敷、見張ってまっせ。いつ実行してもええように」
「下忍はまだいたのか」
「一号と三号です。二号は田植えやから、田舎に帰ってます。農繁期は休ませています」
「田圃に鎧と槍を立てれば、一領具足の長宗我部兵だ」
「知りまへんがな」
「下忍を引き上げさせろ」
「三号が」
「やめたいとか」
「違いま。ものすごい綺麗な御姫さんが屋敷から出て行ったのを見たらしいですわ」
「姫」
「これは、何かあるんと違いまっか」
「ただの大きな屋敷の娘だろ」
「ただの屋敷と違います」
「以前もそんなことがあったのう。盗みに入った屋敷が、実は由緒正しき盗賊団の屋敷だった」
「一号が調べた結果、さる高貴な家の」
「猿の家か」
「違いますがな、身分の高い」
「どれぐらい」
「公家さんです」
「ほう、それは貴種じゃ」
「ただの公家と違いまっせ」
「何じゃ、それは」
「卑弥呼がおったような古い時代からの家柄ですわ」
「そういうことを言うものじゃ。ただの没落貴族だろ」
「それは分かりませんけど、屋敷の人は姫様と呼んでましたから」
「姫」
「はい」
「その姫がどうした」
「一号があとを付けていったら」
「何で、尾行などする」
「それはまあ、暇やからですわ。じっと見張ってるだけでは」
「うむ」
「すると、古いビルに入っていったらしいです」
「うむ」
「さらにそのビルの一室に入るところまで、見たそうです」
「貴様が命じたのか」
「いえ、一号の独断です」
「そうか」
「その一室、ドアに明知探偵事務所と」
「ん」
「明知探偵事務所と」
「では、予告状が来たので、探偵にでも頼みに言ったのだろう」
「そうでしょ。一号もええ情報を取って来ましたやろ。青柳屋敷のデカメ石、これを守るのは明知探偵ということになりまんなあ」
「敵は明知か。しかし、わしは、中止した。だから、安心せよとそのお姫様に伝えろ。屋敷の誰かでもいい」
「それはできまへん」
「なぜじゃ」
「まだ実行できるチャンスがあるかもしれまへんやないですか」
「それはない」
「いや、大将の気が変わって」
「まあ、それはあるかもしれんが、デカメ石など、あの屋敷にはないはず。だから、盗む用がなかろう」
「そうでしたなあ」
「まあ、この件はなかったことにせよ。それと下忍達を引き上げさせろ」
「せっかく猟奇王が活動を始めたいうのに、もったいないなあ」
「わしは寝る」
「ずっと寝てますがな」
「うたかたの夢に戻るのよ」
 
   了



2016年6月12日

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