小説 川崎サイト

 

妖怪モモバケ


 梅雨時、低気圧の影響でか、妖怪博士は寝たきりだ。座っているより楽なためだろう。梅雨時の台風、これがたまに来ることがあり、そんな日は死んだようになる。
 妖怪博士は奥の六畳の茶の間で一日過ごすのだが、万年床になっている。そこへ、いつもの担当編集員が来た。博士はすぐに起き、蒲団を畳み、さっと押し入れに背負い投げで入れたのだが、これでもう一日分の体力を使ったような気になった。
「蒸し暑いですねえ」
「梅雨だからな」
 編集者は自販機で買ってきた飲み物を家具調電気コタツの上に置く。いつも同じものではなく、新製品とか、珍しいものを買ってくる。
「これは桃です」
「ほう、桃のジュースかね」
「いえ、桃の味がする炭酸水です」
「あ、そう」
「しかし先生、桃の味がしますよ」
「桃などしばらく食べておらんなあ」
 妖怪博士は桃味のする炭酸水を一口飲む。
「おお、これはいけるじゃないか。すっきりする」
「清涼飲料水ですから。この季節、これが効きます」
「しかし、本当に桃の味がする」
「そうでしょ」
「こんなことで、欺されるのだろうなあ」
「欺してなんていませんよ。果樹は入ってませんと、書いてあります」
「一パーセントもかね」
「はい」
「見事なものだ。嘘だと思っても、桃の味がするし、色も桃のように白っぽい」
「これは欺された方が得でしょ」
「そうだね。何も知らないで、桃の百パーセントジュースだと思って飲む方が」
「それじゃ、だめなんです。この爽やかさは出ません。本物の桃ジュースなら、逆に喉が渇いたりしますよ」
「いつだったか」
「何がです」
「最後に桃を食べたのは」
「どんな桃です」
「缶詰だったと思う」
「缶詰だと、あの汁で、桃も梨も似たような味になるでしょ」
「そうだな。ビワもな」
「普通の桃、僕もご無沙汰です」
「子供の頃はよく食べたがね、井戸で冷やして。ところが、皮がなかなかむけなくてねえ。まだ熟し切っていないので、固いんだ。肉までむいてしまったりね。それこそ爪程度の大きさしか一度にむけない。桃から汁が出るは、早く口に入れたいのか口からも汁が出るはで、桃を食べるのも大変だった」
「それに懲りて、今は缶詰ですか」
「しかし、この桃味、よくできておる。まるで桃を食べたような気になった」
「ところで、最近は」
「ああ、最近なあ」
「梅雨時で体調が悪いのですね」
「まあな」
「じゃあ、今度お見舞いに桃を買ってきますよ」
「そんな経費、何処から出る」
「会計から」
「大丈夫なのかね、君の出版社。出版不況は嘘か」
「本当ですよ。雑誌の売れ行きも悪いですし」
 妖怪博士は、そこで連載していた。
「さて、仕事なのですが」
「ああ、妖怪日記だったか」
「そうです。最近見られた妖怪を、何か二三個お願いします」
「桃のように二三個か」
「はい」
「じゃ、桃妖怪でいいだろ」
「どんな妖怪ですか」
「桃尻妖怪」
「子供向けですから、よろしく」
「そうか、じゃ桃太郎はあるから、桃姫じゃな」
「桃姫はあります。それに桃太郎は妖怪ですか」
「そうだな。それに妖怪日記なので、そんな昔の話では無理か」
「はい、少しはリアリティーが必要です」
 妖怪博士は低気圧の影響で、体調が悪いのか、一ひねりができない。そのため、桃が化けない。
「ももばけ」
 と、適当に言ってみた。
「妖怪モモバケですね」
「そうだ」
 さっき飲んだ、桃味の炭酸水に頼るしかなかったようだ。
 流石に編集者も、これは使えないので、出直すことにした。
 妖怪博士も、低気圧の結界で何ともならないようだ。
 
   了



2016年6月17日

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