小説 川崎サイト



ある地下通路

川崎ゆきお



 いつも通る地下通路が違う世界と繋がっている……となると興味深い。
 植山はその妄想を常に抱いていた。朝夕通るその通路は私鉄とJRを結んでいるが、そのための通路ではない。偶然地下で繋がっているだけで、壁だけの通路ではなく、多くのテナントが左右に並んでいる。
 その上は道路で、並んでいるテナントはビルの地下にあるのだろう。
 植山はたまに途中の階段で上ヘ出ることがある。
「ああ、ここに出るのか」と毎回思うほど、見知った通りだ。しかし、地上の光景と地下では感じが全く異なる。まるで別世界のように街が違っているのだ。
 この違和感が、あらぬ妄想へと走らせる。つまり、ある階段から上ると、見知らぬ街に出たり、逆に別の階段から下りると見知らぬ地下街に出るとかだ。
 しかし、ここまでは現実を逸していない。知らない場所に出るのは植山が知らないだけのことだ。
 距離感の錯覚もある。地下からは地上の目印が殆どない。そのため、何処にいるのかは地下だけでは分からない。そのため思わぬ場所に出てしまうのは、地下と地上とでは距離感が違うためだ。しかし、ワープしたように、かなり離れた場所に出ることはない。そういう意味で現実の範囲内だ。
 植山はそういう錯覚を楽しむ癖がある。街がおかしいのではなく、植山がおかしいのだ。
 地下から行くと地上より早く到着することがある。それを植山はワープポイントと呼んでいる。僅かな違いしかないのだが、多少は早い。
 朝はさすがに寄り道はしないが、夕方は寄り道をする。
 その日もいつものように地下街を歩いていた。地下鉄の改札へ近付くほど人が多い。夕方のラッシュが始まっているのだ。
「さて、今日はどの通路を経由するか」と考えながら、枝道を探している。
 もう何度も通った枝道が多いので、大きな刺激は期待しない。植山は地下鉄改札の向こう側にある私鉄を利用している。地下鉄の改札前を抜けるほうが早いのだが、それでは芸がない。
 別にしなくてもいい芸なのだが、寄り道が好きなのだ。しかし、何処かに寄るわけではない。道を変えるだけの寄り道なのだ。
 植山は枝道に入り、テナント内を突破し、別の地下通路に出た。
 すると、人の姿がない。
「やった」と思ったのだが、徐々に人が流れてきた。
 人の波が一瞬途切れることもたまにはあるのだろう。
 
   了
 
 


          2007年3月16日
 

 

 

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