小説 川崎サイト

 

町伏


 夜型生活を送っている合田は、当然夜中ずっと起きている。寝るのは明け方だが、陽射しを受けると危険な状態になる吸血鬼系ではない。
 夜中、起きているだけで、じっとしているわけではなく、仕事をしている。イラストレーターだが、実際にはカット屋だ。そのため本人の名が載るようなことは殆どない。これは印刷所の中のデザイナーなどが書いたりする。合田は印刷所にツテがあり、その下請けだ。印刷所のデザイナーやイラストレーターが年老いため、外に出すことが多くなったのだ。印刷工場の片隅にある三階の屋根部屋のようなところに、デザイナーが何人もいる。中には一寸名の知れた人や、大きな賞を取った人もいるが、年老いてからは仕事がなくなり、ここに集まってきている。象の墓場があるように、デザイナーの墓場があるのだ。
 そこから頼まれたカットを、毎晩合田は書き続けている。単価は安いが、仕事はある。それだけでも十分だ。
 それなら印刷工場のデザイン室へ就職すればいいのだが、夜型のため、それができない。疲れると、すぐに横になりたい。そして好きな格好で過ごせる。だから、自室で仕事をする方が楽なのだ。
 そのレベルのためか、自宅といっても二部屋しかない。これは、いつ取り壊されても不思議でないアパートのため家賃が安い。マンションに移るだけの収入はないが、アパートの階段を降りれば一歩で表の道だし、自転車も余地に適当に止めておける。こちらの方が楽なためだ。
 ある夜、それを見た。最初は音で、チリンと鳴った。風鈴の音に近い。そのため、気にしていなかったのだが、その音が近付いて来た。
 不思議に思い、窓のカーテンを開ける。暑いので硝子窓は開けているが網戸は入れている。
 下の通りを見ると、見慣れない服装の人だ。それが外灯の明かりで確認できた。
 何処かで見たことのある服装だと思っていたが、まさか山伏だとはすぐに判断できなかった。それはミスマッチのためだ。その姿は想定にないためだろう。風鈴ではなく、鈴だ。杖に吊しているのだろう。
 カットを書くのに少し飽きたので、合田は階段を降り、その山伏を尾行した。
 表通りから裏道、そして路地へと入り、さらにまた大きな道へと、目的地があるようでないような、妙な歩き方だ。それよりも山伏は山に決まっている。山に伏す。つまり里暮らしではなく、山に籠もって修行する人なので、街中をウロウロするのは、別のタイプだろう。しかし、それでも夜中には歩かないはず。
 しばらく尾行を続けたが、解答が欲しいので、合田は声を掛けた。
 すると、町伏だと言う。町を修行の場とした修験者らしい。
 昔の山伏は山野で寝泊まりしている。野宿だ。今はそんな山伏はいないだろうが、この町伏は町で寝泊まりしているとか。だから、ただのホームレスなのだが、目的が違うらしい。それで間違われないように山伏の姿をしているのかと聞くと、そうではなく、この服装で歩くのが行らしい。結構視線を感じるが、それが修行になるようだ。
 世の中には変わった人がいる。何処かで頭を打ったのだろう。
 合田はそれで事情が分かったので、もう興味をなくし、アパートに戻ってカットの続きを書くことにした。これにも納期があり、締め切りがある。遅れすぎると次から仕事は来なくなる。
 そして、ペンをカリカリ走らせながら、将来について考えてしまった。象の墓場へ行くか、町伏になるか。どちらの選択も希望していないが、つい想像してしまった。
 
   了
 


2016年6月19日

小説 川崎サイト