小説 川崎サイト

 

表現者達の町


 都心部からかなり外れるが住みやすい町がある。特に低所得者にとって。しかし最近は地方から出てきた学生などに人気がない。年寄り臭い町のためだろうか。通勤通学に不便さはないが、都心部までの距離は半端ではない。
 この町で青春時代を過ごした人達が結構いる。ここで生まれ育ったのではなく、家賃が安いし、空いている部屋も多い。都心近くだと一部屋だが、ここでは二部屋あったりする。家賃は同じだ。しかし交通費はかかる。学割や会社負担の場合は、何とかなるだろう。
 古い街並みが残っているわけではないが、下町のさらに下町になる。その先は田圃が少しあり、もう山が迫っている。
 出世魚ではないが、身分が上がれば都心寄りに引っ越す。流石にここの町では遠すぎるためだろう。
 そして鮎や鮭のように、年寄り達が戻ってきたりする。故郷ではないが、青春時代の夢の跡、出発点だった町のためだ。収入が減り、あるいは完全にリタイアし、持ち家もない人は振り出しに戻るわけだ。
 この小さな町の有志が野外音楽会をやった。これは全国的な流行で、学芸会のようなのを、公園とか広場とか、一寸した会館の前とかでやる。会館を借りるほどの力はない。
 そこで演奏したり、歌っていると見物客の中に老人が多い。中には髪の毛を染めたり、長い老人もいる。
 若い人達はそれが誰だか分からないが、名前を聞けば何人かは知っている人だ。つまり自分達の先輩ミュージシャンだ。そういう人が数人来ている。そのため超ベテランが客なのだ。
 それがきっかけで若い人達は先輩諸氏と交流し、勢い余ってもっと大きなイベントをやろうということになる。
 その中には元役者や、声優、詩人、小説家。画家、イラストレーターなど、いずれも老人だが、この町に戻ってきている人達が道で石を投げれば当たるほど沸いて出た。
 これだけで、一大イベントができるほど、錚々たる名前が並ぶことになる。これは一種の落ち武者リストだが。
 それを聞いた地元の老人も、それに加わろうと出馬した。この出馬は選挙ではないが、参陣したいと駆けつけた。
 何をしている人かと聞くと、詩吟らしい。若者はそれが何かよく分からない。浪曲とはまた違う。落語や漫才、コントやお笑いはいいが、浪曲になると少し違う。また詩吟となると圏外だ。その老人はゲンセイシュクシュクヨルカワヲワタルと川中島を覚えたらしく、それを披露したいという。
 また、あるお婆さんは着物姿で現れ、その数約二十人。松阪音頭の同好会で、私らも参加して良いかと聞きに来たのだ。
 世の中には線引きというものがある。
 さらに玉川流浪曲の孫弟子いう人が現れたり、南京玉すだれの名人と称する人も来た。
 こうなると、イベントと言うより、寄席だ。
 主催する若者達は、地元アイドル系やコスプレ系の参加を期待していたのだが、集まったのは爺婆ばかりだった。
 
   了


  

 


2016年7月6日

小説 川崎サイト