小説 川崎サイト

 

正源の石


「どうも、この石らしい。坂と書かれているように思える。他に似た石はない。これと断定してもいいでしょう」
 年寄りと、その孫が小さな村寺の片隅で話している。そこは墓場ではないが、墓らしい。ただの石饅頭だが、坂という文字が刻まれている。坂上家の先祖らしい。
 武士だった坂上家の墓は先祖代々の土地にある。ここにある墓は終焉の地で、討ち死にした場所だろうか。ここまで落ち延びたのだ。
 場所は摂津国、川を渡れば都は近い。坂上家が仕える主君がそこで襲われる。合戦ではない。暗殺のようなものだ。その一行に坂上正源という家来が加わっていた。多勢に無勢、あっという間に主君は落馬。大将を失ったため、正源は逃げた。そして街道から離れた村に逃げ込み、そこで果てた。
 しかし息はまだ残っていたのだろう。坂上正源と村人に名乗ったようだ。そうでないと坂の文字は残らない。そしてその辺りに葬った。
 坂上家の子孫が見ている石饅頭は、そこから何度か移動したらしい。だから、どの場所に埋葬されたのかは、今はもう分からない。
 追っ手はなぜ首を取らなかったのだろう。そうでないと手柄にならない。これが謎だった。
 それよりも、墓が見付かっただけでも大発見だが、実際には石だけ。しかし、何百年も前の痕跡が、そこにある。
 石に坂と刻んだ村人など、もう見つからない。礼の一つでも言いたいところだが、話が古すぎる。
 首が繋がっていたのは、手柄はすでに得ていたのではないかと孫が言い出した。つまり、追っ手ではなく、村人による落ち武者狩り。
 昔のことは分からない。年老いた末裔は、いい風に解釈し、村寺の坊さんに供養してもらうよう頼んだ。しかし、この石、今でも参る人がいるため、このままの方がよろしいですよと言われた。
 正源の石饅頭の横に、似たような石や石塔がごろごろ転がっている。それぞれに謂われがあるのだろう。
 
   了

 



2016年7月8日

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