小説 川崎サイト

 

良い時代


「どの頃が良かったですか」
「はあ」
「いつの頃が良かったですか」
「今は悪いねえ」
「そうなのです。悪い時代なのです」
「それは知らないが、今は悪い」
「どんどん悪くなってきています」
「そうなんだ。その心配がある」
「いつの頃が良かったですか」
「あれは三ヶ月前だろうか」
「え」
「仕事が悪くなり、体調も悪くなる前までね。三ヶ月前がそうだった。あの頃が一番良かったねえ」
「はあ」
「何も考えていなかったわけじゃないけど、つまらんことをいろいろと考えていた。昔の映画などを続けて何本も見たりね。読んでなかった本を読んだりしていた。仕事は順調というより、今のように急激に悪くなることはなかった。平和だったねえ。呑気だったねえ。だから、好きなことをして暮らしていたよ」
「景気の悪化ですか」
「いや、景気とは関係ない。判断ミスというか、メンテナンス不足だ。放置していたのがいけなかった。それである権限を失った。それで悪化だ」
「それが三ヶ月前ですか」
「そうだね、あの頃に戻りたいよ」
「三ヶ月前なら最近というより、ついこの前ですよ」
「ああ、だから春のことだ」
「もっと以前のことで、どの頃が良かったですか。良い時代でしたか」
「さあ、昔の話は結果を見たからねえ。今よりも良い頃もあったけど、そのあとの破局を見たからね。だから長く続かなかったので、良い頃だとは思わないねえ」
「時代はどんどん悪くなっていると思うのですが」
「そうなの。いつの時代なの」
「だから、最近です」
「あ、そう。しかし私は三ヶ月前の状態に戻れれば、それで満足ですよ。好きなことでうつつを抜かしていた頃にね」
「それには」
「それにはね、まあ体調の回復を待つしかない。これ以上悪くなると困るがね。仕事はまあ、諦めて、別方面でやりますよ。そして順調に行けば、心置きなく、何の心配もなく昔の映画を見たり、ドラマを見たり、本を読んだりの生活に戻れます。これは体調が戻らなければ無理ですがね」
「ああ、はい」
「あの頃はのんびりしてましたよ。三ヶ月前ですが、その半年前は災難に遭いましてねえ。このときは悪かった。しかし半年後、何とか平穏になれました。だから、良い時は長くは続かないものですよ」
「良い時代を築きましょう」
「そんな大層な話じゃないですよ、あなた」
「あ、はい」
 
   了



2016年7月13日

小説 川崎サイト