小説 川崎サイト

 

老婆の喫茶店


 無国籍料理店。ただの大衆食堂のようなものだが、表の看板や飾りが原色系で派手だ。象の彫像なども飾られている。布を垂らし、それも密度の濃い柄で、初めての人は寄りつきにくい。
 真夏、ドアが開け放たれ、中がよく見えるようになっている。普通の店ですからどうぞお気楽にお入りくださいと言いたいのだろう。しかしそれでは冷房が効きにくくなる。そういうときは客が一人もいないときだ。主人もそのときは奥でくつろいでいたりする。開店してからしばらく立つが、それほど流行っているわけではない。土日でもっているようなものだ。
 平日の昼過ぎ、かなり回っているので、ランチタイムも終わった時間。飲食店が一番暇な時間だろうか。そこへ小腹を空かせた男が、焼きめしのようなものでも食べようと、この店に入った。インド風でもベトナム風でも、何でもいい。どうせ食材は近くのスーパーで仕入れたものだろう。外国のタマネギとか野菜が入っているわけではない。青梗菜だったりする。
 ドアが開いているので、男はすっと入り、入り口近くのテーブルに着いた。するとすぐに老婆が注文を聞きに来た。
「焼きめしのようなもの」と客は注文すると「はい」としわがれた声で老婆が答える。そして奥へ。
 しかし、焼きめしが出てこない。遅すぎるというより、作っている気配がない。音がしないためだ。厨房は見えている。誰もいないのだ。さらにその奥で作っているのだろうか。男はそう考え、少し待つが、やはり遅すぎるので、奥に声をかける。
 今度は中年男が出てきた。店の主人らしいがスカートのようなものを履いている。
「焼きめし、頼んだのですが」
「ああ、出ましたか」
「え」
「焼きめしですね。分かりました」
「あのう、出たって」
「ああ、お婆さんが注文を聞きに来たでしょ。あれは気にしなくてもいいのです」
 きっとこの主人の母親かもしれない。と、男はそれ以上興味を示さなかった。
 以前、ここは老婆の喫茶店と呼ばれ、年取ってからも長い間一人で切り盛りしていた。魔女ではないかと噂があったが、ある日突然店が閉まり、その後開くことはなかった。何かの都合で閉店したのだろう。その後に無国籍料理店が入った。
 喫茶店時代の常連客は、誰一人、この無国籍料理店には来ない。もし来ていれば、懐かしい老婆に会えるだろう。ただし、客が一人もいないこと、店に主人がいないときに限られるようだ。
 また喫茶店時代の常連客が来ている場合もある。かなり高齢の人で、この人も、客が誰もいないとき、静かに座っているらしい。
 
   了


 


2016年7月21日

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