小説 川崎サイト

 

見ているもの


 鞄が気になるとき、町に出たとき、鞄ばかり見ている。他のものも見ているのだが、特に鞄を注目して見ている。靴ではなく鞄を。靴が気になるときは、靴を見ている。鞄ではなく。自転車が気になるときは、いつもよりも自転車を多く見ている。それで、神が気になる人は神ばかり見ているわけではない。普段見えないためだ。悪魔が気になる人も同じ。妖怪が気になる人は妖怪ばかり見ている。ただし、これも見ることはできないので、実際には見ていないが。
 では靴も鞄も自転車も神も見ていないときは、何を見ているのだろう。ごく一般的な町並みや人や、服装や、車や景色を見ているのだろう。心のわだかまりがなく、ありのままの物を普通に見ているのだろうか。ただ、神が気になるのはわだかまりとは言わないが。
 こういう注目して見ているものは、ここ最近気になることで、それが靴や鞄なら平和な話だ。ただの買い物の話、スタイルの話だろう。ただ、そこまで注目するのは、自身の中の少しだけ深いところ、機関部に触れるためかもしれない。ファッションなどはそうだろう。持ち物に何かを投影させている。
「最近の注目ポイントは何ですか」
「昨日までは視力だった」
「はあ」
「今日は遠くの方までよく見える。それが見えないときがある。中間距離もね。見えているのだが、もっと鮮明に見えている日がある。これは何かと考えた」
「それが最近気になることですか」
「外に出たとき、気になるのはそれだね。しかしこれは普通に見えるようになれば、もう気にならない」
「はい」
「天気にもよる。曇っている日は鮮明度が落ちる。また、空気が違うのか、遠くが難しい。そういう日は見えにくいのだが、いつもよりさらに見えにくい場合がある。これは目のせいだ」
「目医者や行かれては」
「そこまで悪くはない。寝起き、本を読む。活字がぼやけている。起きてすぐなら、そんなものだろう。それに近い問題だ」
「はい」
「外の景色以前に先ず自分の目を見ている。これは基本だろ」
「まあ、そうですが」
「これは昨日までで、今日は花を見ている」
「はい」
「花の色だ」
「はい」
「あの色は誰が見ているのだろう」
「虫じゃないですか。蝶々とか」
「ほう」
「人は」
「人に見られても、花にとってあまり役に立たないでしょ。千切られたりしますので、逆に敵です。だから虫の足を期待しているのでしょ。蜜や色で誘っているのですよ」
「虫は色が分かるのかね」
「それは知りません」
「じゃ、深山で誰にも見られることなく咲いている花というのは嘘だね」
「そうです。鳥や虫が見てますよ」
「人が見ていないだけか」
「そうです」
「じゃ、奥ゆかしくも何ともないのか」
「そうですねえ」
「それで、君は何を最近注目しておる」
「ああ、外に出たときですか」
「そうだ」
「特にありませんよ」
「そうだろうねえ。それで普通だ」
「はい。でも、気になるものは少しはありますよ」
「ほう」
「いつ取り壊されるか分からないような古い家とか」
「あるじゃないか」
「もの凄く気になるわけじゃありませんよ。他人事ですからねえ」
「うむ」
「それとか、店屋ができていたりすると、何屋かと、気になります。その程度です。一般的でしょ」
「神は気にならんか」
「見えているものでないと」
「神社は」
「あれは神そのものじゃないですから」
「そうか。じゃ、悪魔は」
「そういう映画を見たあとなら、気になりますねえ。悪魔に取り憑かれた少女の話など見たあとは」
「ほう」
「暗い通りをエクソシストが退治しに行くのです」
「それはいいねえ」
「でもいつもじゃないですよ」
「うむ」
 人は何を見ているのか分からない。聞いてみないと。
 
   了

 


2016年7月29日

小説 川崎サイト