小説 川崎サイト

 

世事の続き


 真夏の夜。木下はふと目覚めた。開け放たれた部屋、窓、庭も見える。隣りの家も。夏バテで早く寝てしまったためか、妙な時間に起きてしまった。窓明かりが見え、テレビの音も漏れている。まだ宵の口。夜になったばかりだ。そして、まだ世の中が続いているのかと、妙なことを考えた。
 部屋の明かりを付けるまでもなく、室内は明るい。これは常夜灯を付けているためだ。そういう照明器具があるわけではなく、廊下の蛍光灯だ。この蛍光灯を付けっぱなしにして寝ている。その光で、室内は真っ暗ではない。
 常夜灯になってしまったのは、バネがおかしくなり、戻らなくなったため。引っ張ればスイッチが入り、もう一度引っ張れば消える。それが引っ張っても動かない。バネが戻ったあとなのか、引き切ったあとなのかは分からない。何度かそんなことがあり、そのときは細かく何度も引っ張ると、バネが戻った。その技が効かなくなり、馬鹿になってしまった。蛍光管を緩めれば消えるが、毎回それでは面倒だ。それにいつかは消えるだろう。寿命があるので。しかし数ヶ月経過しても、まだ持っている。
 さて、世の中の続きだ。当然夜はこれからで、このまま眠ればいいのだが、目が冴えてしまった。そうならないように目をうっすらとしか開けていなかったのだが、ここは何処だろうかと、起きたとき、妙な気持ちになったためか、それが尾を引き、スイッチが入ったのかもしれない。
 何やら夢を見ていたのだが、忘れてしまった。何処か遠いところにある町を彷徨っているような夢で、最近の風景ではなかった程度の記憶しかない。
 そこからワープして、ここに来たような。
 そして、寝る前の世の中の続きに、今戻りつつある。この世の中とは世間のことだが、自分自身のことでもある。そして自分もこの世の中の流れの中にあり、同じ船に乗り、先へと進んでいるのだろう。
 世の中というのは世事でできている。その世事の中に自分も参加しているわけだ。だから目が覚めると、その世事の続きが待っている。これはクエストのようなもの。果たせないクエストもあるが。
 しかし、何処へ行っていたのだろうかと、木下は見た夢を思い出そうとしていた。やはり気になるのだ。きっと過去の何処かへワープしていたのだろう。その飛び先も、世事の世の中に違いはないのだが。
 木下はトイレに立ち、戻り際馬鹿になったスイッチの紐を引っ張ってみた。何かの拍子で、戻ることがあるのだ。かちんと音がするあの音を久しく聞いていない。
 紐を引っ張ると、ぐっと重みが伝わる。それ以上引くと金具が折れるか、曲がるかするだろう。やはり蛍光灯は消えなかった。
 そして、そのまま布団の中に入り、じっとしていると、そのうち眠りに就いた。
 
   了

 

 


2016年8月2日

小説 川崎サイト