小説 川崎サイト

 

無茶な人


「一リットルのペットボトル二本です」
「はい」
「当然中に水が入っています。その水、ただの水だと思います。そのペットボトルにはラベルとかが貼られていないし、書き込みもない。きっと水道の水でしょう」
「猫除けのペットボトルですか」
「まあ、そんなタイプですが、その老人は、それを左肩に一本、右肩に一本乗せ、落ちないように両方の手で、押さえています。丁度ランドセルを背負うときのスタイルです」
「はい」
「暑い盛り、炎天下。汗をかきながら歩いています。帽子もかぶらず」
「何ですか、その人」
「分かりませんが、水筒のようなものでしょう。しかも合計二リットル。重さにして二キロ。それを肩に不安定に乗せている」
「筋トレじゃないですか」
「中の水が少し減っています。両方、同じぐらいの減り方です」」
「じゃ、やはり水分補給のための水筒」
「二リットルは多いでしょ」
「そうですねえ」
「熱中症対策で水分の補強はいいのですが、そんな二キロになるようなものを担いでいる方が身体には負担。余計な体力を使います」
「だから、筋トレでしょ、そのペットボトル、たまに持ち上げたりしませんでしたか」
「いや、ずっと同じ姿勢で、ゆっくりと歩いていました」
「ほう」
「喉が渇くのか、たまに飲んでいるんでしょうねえ。しかし水筒にしては位置が高い。肩です。頭の横です」
「じゃ、点滴のようなものでしょ」
「それなら、管か、ストローが見えるはずですが、そんなもの付けていません。普通のペットボトルの蓋です」
「はい」
「余計に汗をかき、余計に水が欲しくなるはず。だから、そんなもの持って出ないほうが熱中症予防にはよろしいかと」
「はあ」
「しかも無帽。これがいけない」
「帽子が嫌いな人なんでしょ。かぶると風が来ないので、暑いとか。帽子がそもそも暑苦しいとか」
「はい、そういう人も確かにいます。しかし、水分補給のやり過ぎでしょ。飲めば飲むほど軽くなります。だから、楽になるために」
「それで飲んでいるのかね」
「それは知りませんが」
「しかし、炎天下、むき出しの透明なペットボトル、お湯ですよ、湯たんぽですよ、これ。飲むと胸が悪くなりそうです」
「じゃ、筋トレでしょ。または夏山にでもチャレンジするため、鍛えているんじゃないですか」
「無茶なことをする」
「中はお茶ではなく、水ですから」
「ああ無茶か」
 
   了

 


2016年8月4日

小説 川崎サイト