小説 川崎サイト



支社長代理

川崎ゆきお



 地方都市というほどではない。小さな町が点在している。その中で一番大きな町に会社の支社があった。
 名前を言えば誰もが知る大企業だが、その支社ではない。その子会社の支社だ。
 JRのローカル線駅があるものの、朝夕除けば一時間に一本程度。
 駅前に商店街らしき通りがあるが、シャッターが並んでいる犬猫通り。地元の人でも買い物に来ない。支社もその通りにある。三階建ての昔の銀行のような古ビルだ。
 香川は支社長代理で来た。
 支社長は香川より遥かに若い。まだ三十代だ。
「本社でのお勤め御苦労様でした」
 本社とは親会社のことだ。
「香川さん、よく来ましたねえ。歓迎しますよ」
 香川より年上の岩国支社長補佐がにこやかに迎える。
「香川さん、私ですよ。営業にいた徳田です」
 徳田副支社長も愛想よく話しかける。
 香川は噂では聞いていたが、どういう状態なのかが理解出来た。
「本社で、お世話になった村岡です。またよろしく」
 村岡はまだ四十代だ。香川の部下だった男だが優秀なので、すぐに他の部所に移った。ここでは支社長代行となっている。
 支社の裏にマンションがある。社員宿舎だが、単身帰任用だ。
 この町の支社が機能していたのは三十年ほど前で、今は箱だけが残っている感じだが、支社の看板は外していない。
 支社で香川がやる仕事はなかった。若い支社長が病気でもしない限り、支社長代理の役目も生じない。もしそんなことがあれば支社長代行や副支社長がやるだろう。
「様子分かりましたか?」
 元部下の村岡支社長代行が言う。
「なんとなく」
「ここは自然が豊かですからねえ、ゴルフ場も近くにあるんですよ。徳田さんなんか毎日渓谷釣りに行ってますよ」
「そういうことだとは思っていたが、君までまた何でここへ」
「保養です」
「ほう」
「また、戻りますけどね。一年間休みを頂いたようなものですよ。まあ、ちょっとやり過ぎましてね、しばらく身を隠したほうがいいんですよ」
「あの若い支社長は?」
「半年任務ですよ。支社長経験者ということになりますからね」
「私は何だろう」
「支社長の教育係ですよ。香川さんの経験談とか、たまに話せばいいんじゃないですか」
「いいのかなあ、そんなことで」
 香川は本社が潰れないだろうかと少し心配になった。
 
   了
 
 


          2007年3月21日
 

 

 

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