小説 川崎サイト

 

お盆のお婆さん


 坊主と妖怪博士はお盆になると忙しい。師走は師も走る。先生のことだ。先生もこの季節、なぜか走らないといけないほど慌ただしい。先生でも、なので、誰もが忙しい。
 お盆は坊主が走るが、スクーターが多く、足で走っている姿はあまり見かけない。年に一度だけお寺さんを呼び、お経をあげる家がある。月に一度の月参りもある。どちらにしても住宅地の中の狭い道などを移動するので、クルマよりスクーターが好ましい。一応和服なので、オートバイや自転車は避けたいだろう。それに荷物もある。 
 妖怪博士が忙しいのは怪談シーズンのため。お盆と言えば怪談と決まっていた。また、お盆興行の見世物などが出ていた時代もある。
 その日、妖怪博士は寄席に出ていた。芸人のように。場所は画廊で、その展示スペースで落語や講談を定期的にやっていた。当然この季節なのでお題も怪談物になる。そのついでに妖怪博士も呼ばれ、妖怪講座のようなものを開く。その帰り道の話だ。
 一人の坊主が路地から飛び出して来た。何だと聞くと、出たという。
「出たのですかな」
「そうです」
「この季節なので、あれですかな」
「そそそうです。この路地の奥にあるお宅で」
「まあ、お盆なので、ご先祖が帰って来ているのでしょ」
「そんな呑気な話じゃありません」
「呑気」
「そんなの誰も本気で信じていませんよ」
「坊主でも」
「多少は感じるものがありますし、いるものとしてお経を上げていますが、何処にいるのかは分からない。つまり、仏壇を見ていますが、そこじゃなく、その家の座敷にいるのかもしれませんしね。それでふっと振り返ったのですが、そこに」
「いましたか」
「座っていました、お婆さんが。それまで家の人が何人か後ろで一緒に拝んでいたのですが、スーと水が引くように消えたようです。退屈したのでしょうか。しかし、お盆のお経は短い目ですから、すぐなのに。それで、人の気配がないので、後ろを見ると、いるのです。お婆さんが」
「その家のお婆さんでしょ。家族の人でしょ」
「あとで聞くと、その家にはお婆さんはいない」
「はあ」
「それで、慌てて逃げるように飛び出したのです」
「だから、お盆なので帰って来ておるんだから、いても当然でしょ」
「それは一応話ですよ。小さな家なら先祖だらけで足の踏み場もない」
「それは今の話ですかな」
「そうです。今の今。最前です」
「じゃ、戻ってみましょう」
 その家へ坊さんは妖怪博士と一緒にもう一度訪問した。家の者は忘れ物でもしたのかと思ったようだ。
 坊さんは玄関から奥を見て、目を瞑った。
「います」
 妖怪博士はその老人を観察した。
「お坊さん」
「はい」
「あれはお爺さんです」
「え」
「お婆さんはいないけどお爺さんはいたようですな」
 怪談はしばし笑い話になる。
 
   了


 

 


2016年8月19日

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