小説 川崎サイト

 

お留めさん


「お留めさんが出ました」
「おとめさん?」
「はい」
「お富さんではないのですか。死んだはずだよお富さん」
「いえ、そうではなく、お留めさんです」
「留子さんですか」
「いや、性は分かりません。神様のようなものですから」
「ほう」
 妖怪博士も見当がつかない妖怪だ。しかし神と言っているのだから神聖なものかもしれない。
「そのお留めさんが出たのですかな」
「はい、出ました」
 神なら出たとは言わない。だから化け物が出たのだろうか。
「そのお留めさんは何をする人ですか、いや妖怪ですか」
「妖怪かどうかは分かりません。見えません」
「見えないのに、どうして出たと分かるのですか」
「止められたからです」
「それでお留めさんですか」
「そうです。ある商品を買いに行ったのですが、売り切れていました」
「はあ」
「それで、別の店へ行くと、飾ってあったので、買おうとすると、在庫がないと言われました」
「ほう」
「それで、また別の店へ行くと閉まっていました。その日に限って臨時休業です。滅多に休まない店なので、一応年中無休なのに」
「はい」
「それで、少し遠いですが、そこへ向かおうとしたとき、足の裏が痛み出したのです。これは魚の目です」
「お留めさんの話でしょ」
「今、しています。止めに入られたのです」
「何を」
「ですから、買うのを」
「ほう」
「それを私はお留めさんと呼んでいます。これが出たのですよ」
「でもあなた、それでも買いに行こうとしてたのでしょ」
「はい、最初の店で売り切れたとき、まあ、なくてもいいかと思いました。それほど必要な物ではなく、あれば楽しい程度のものですから。その売り切れが先ず来ました。これは分かりません。次の店で在庫なしで、来たのが分かりました」
「何が」
「ですから、お留めさんの仕業だと」
「ほう」
「魚の目が痛み出したのは、さらに止めに入ったわけでしてね」
「でもあなた、それでも止まらなかったのでしょ」
「はい、一寸びっこを引きながら買いに行きました」
「今度はどうでした」
「店は営業していましたし、在庫もありました。お留めさんも流石に諦めたようでした」
「買って帰られたのですかな」
「いいえ」
「どうして」
「急に欲しくなくなりました。それで、何も買わないで、すっと帰って来ました。戻り道は魚の目も痛くなかったです」
「じゃ、お留めさんではなく、御自身で止められたのですね」
「まあ、お留めさんの顔を立てようと」
「ほう」
「危ないとき、その手前で、このお留めさんの警告で、何度か助かったことがあるのです。無視し続けると、お留めさんが機能しなくなりますからね」
「はい、分かりました。しかし、どうしてそれを私に」
「妖怪博士なら、こういった不思議な話を信じてくれると思いましたので」
「ここへ来る前にお留めさんの警告はなかったのですか」
「はい、ありません」
「きっと、そのお留めさん、あなたを守っているのでしょうなあ」
「そうだと思います」
「またある日のことですが、友人が飲みに誘ってきたので、行こうとすると、お留めさんがまた何かをやり始めたのです」
「一つで十分です。もうお話は伺いました。よかったですねえ、ということで終わりましたよ」
「田舎で法事がありましてねえ、このときも、お留めさんが」
 この人を止めるお留めさんは、このくどくしつこい話をいつ止めにかかるのだろう。
 
   了




2016年8月23日

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