小説 川崎サイト

 

真夏の狂気


 寒い国、または冬の思考と暖かい国、または夏の思考とは違う。一人の人間の思考は変わらないが、嗜好は変わる。冬場なら食べられるが、真夏は食べる気がしない料理もある。嗜好は四季により、変わったりする。しかし、思考となると、それほど変わらないが、そのアタックの仕方が多少違う。
 冬の思考は重く深く、論理的。夏場になると暑苦しくなるので、面倒なのか短絡的になる。ショートカットだ。省略していきなり結論を出したりする。その過程がないわけではないが、少ない。これはエンジンや回路が熱だれし、あまりエネルギーを使いたくないのかもしれない。それでなくても脳は省エネが好きなようで、本当は頭など使いたくないのだ。血が頭ばかりに行きすぎると、他が疎かになる。
「夏の発想ですか、竹田君」
「はい、意外と夏場の方がよいのではと」
「ほう、夏は勉強には向きません。だから夏休みがあるのです。暑くて能率が悪いためです」
「冬の闇より夏の闇の方が深いように、思考も深いのです」
「ほう」
「論理的ではないところへいきます」
「それは暑くて辛気くさいことを考えるのが面倒になり、途中で、投げ出しているだけですよ」
「そこですよ。その投げ出してからの世界が、夏の闇です。ここで実はとんでもないことを思い付いたり発見したりするのではないかと思うのです。論理のバリケードを超えて、いきなり到達するような」
「竹田君」
「はい教授」
「今日のように暑い日は、そういう頭になるものです。今のその発想自身、それなんです」
「ああ、そうですねえ」
「だから夏場はオーバーヒートを起こしやすいので、休んでいるのがいいのです。停止させている方が」
「はい」
「それに、そこを強引に押し進みますと野蛮か狂気になります。真夏の狂気です。これは狂ったも同じ」
「ですから先生、その夏の狂気にお宝が」
「え」
「非常に危険な状態だと思いますが、そこに飛び込まないと掴めないような、あるいは論理的に有り得ない選択をし、しかし実際には可能な選択肢へアクセスできたりします」
「危ない危ない竹田君。もう狂っているじゃありませんか。頭、痛くないですか」
「痛くありません」
「それで、どういう世界を垣間見たのですかな」
「はい、理屈で考えるのが暑くてつい面倒になり、刹那的に、適当な試みをしました。すると、その世界はもの凄く拡がっていて、まだまだ奥があり、非常に豊かな世界が、その先にあるように思えたのです。宝の宝庫のような」
「詰めが甘いと言うより、何も詰めていない。それはただの幻想です」
「そうなんですか」
「邪魔臭くてもしっかりと筋道を立ててコツコツと研究を続けなさい」
「あ、はい。しかし頭が朦朧とするほど暑いとき、ふと浮かんだあの世界は何だったのでしょう」
「論理から外れると一瞬自由になれますが、その先は何もないのですよ竹田君。これはお病気です。暑さにやられたのでしょう」
「はい」
「ただの暑気あたりです。大層に言うほどのことじゃない」
「だから、僕の部屋のクーラー、早く直してください。ぜんぜん冷えないのです」
「それを言いたかったのかね」
「かなり遠回りをしました」
「うむ」
 
   了





2016年8月24日

小説 川崎サイト