小説 川崎サイト

 

老婆の散歩者


 町内の散歩者が散歩者を発見した。散歩者は散歩者を知る。だから、それが散歩者であることがすぐに分かる。当然相手も。
 町内の散歩者とは、住宅地などを歩いている人で、特に散歩コースとしては良い場所ではない。二人はすぐに合流した。珍しいからだ。二人共この町の人間ではない。
 つまり町内の散歩者の殆どは犬の散歩か健康のため、決まったコースを歩いている人で、犬にとっては散歩というより仕事かもしれないが、飼い主にとっては散歩とは言えない。似たようなものだが、犬は犬なりに行きたいところがあり、飼い主をリードし、引っ張って行く。そして行きたくない場所や方角には行かない。飼い主が引っ張っても、全部の足でブレーキを掛ける。小さい犬なら、そのままソリのない犬ゾリのように引きずられていくが、途中で諦めて、飼い主に従うことが多い。
 健康のため歩いている人も、散歩とは言えなくはないが、運動着を着ている人が多いのと、決まったコースを歩いている。当然町内の人で、近くの人だ。
 そのため、本物の散歩者を見かけることは先ずない。これは不審者扱いになるためで、見かけない人、挙動が怪しい人とされ、不審者情報としてメールを飛ばされたりする。
 さて、この二人、正統派の散歩者なのだが、今の町内ではただの不審者。これは場所がいけない。店があるとか、催し物会場があるとかでないと、目立ってしまう。
 今風な家が建ち並んでいても、そこは村なのだ。
「久しぶりに散歩者を見ましたよ」
「私もです」
「この町内は初めてですか」
「いえ、三度目です。まだ見て歩く場所が残っています」
「それは丁寧なことで」
「いえいえ」
 こういう不審者に近い散歩者も二人集まると強い。そこに場ができる。グループというのは強い。たとえ二人でも。
 この二人が歩み寄ったのは、そのためだ。
「先日女性の散歩者を見かけました」
「ほう。それは珍しい。町内の人じゃないのですか」
「いや、お婆さんですが、結構遠くから来ていました」
「ほう、それは珍しい」
「すぐにそれと分かったのはカメラです」
「カメラ」
「首からカメラをぶら下げていました。観光地でもない、ただの町内です。だから、それだとすぐに分かりましたよ。そしてそのカメラ、小さなミラーレスです」
「少し高いやつですか。コンパクトカメラよりも」
「そうです。レンズを交換できます。そして、そのお婆さんにぴったりなんです。普通のお婆さんじゃなく、散歩者としてのお婆さんのアイテムとしてね」
「そうなんですか」
「程良い軽さと大きさ、しかもレンズにはフードが付いています。これは散歩カメラを分かっている人です、レンズキャップではなく、フードを付けるのが正しいのです」
「はいはい。私もたまにぶら下げます。意味はご存じですよね」
「はい、犬の散歩の犬と同じです。可愛いカメラをぶら下げていると、目的にある人だというバッヂを付けているのと同じです。だから、そのお婆さんも怪しい老婆だと思われないように、首からそれをぶら下げ、両手でぶらぶらしないように保持していました」
「あのう」
「どうかしましたか」
「小柄なお婆さんでまん丸の眼鏡を掛け、ピンク色の帽子をかぶっていませんでしたか」
「はいはい、あなたも見かけましたか」
「いえ、見たことはありませんが雑誌で見ました」
「え」
「有名な写真家ですよ。もう引退されているかもしれませんが」
「ほう」
 本物の散歩者の中には、こういった名士がたまに混ざっている。
 
   了

 



2016年8月25日

小説 川崎サイト