小説 川崎サイト



魔のミニサイクル

川崎ゆきお



 夜中、自転車で走る……それが吉田の趣味だった。夜型の吉田は時間が逆転している。昼が深夜で、深夜が昼だった。
 深夜が好きなのは交通量が少ないため、昼間なら走れないような大通りも、その真ん中を走れた。
 郊外の道路はよく整備され、道幅も広い。土建屋を儲けさせただけの道路だが、吉田にとっては快適な場だ。
 吉田も建設関係の作業員をやっていたが、足の怪我で踏ん張りが効かなくなり、退職した。
 ゆっくりなら歩けるが、いつもの歩調はもう帰らない。
 それで自転車に乗ることにした。徒歩だと負担のかかる左足も、自転車なら問題はなかった。
 次の就職先を考えなければいけないのだが、足のハンディで勤め先は限られる。体を動かしていくらの仕事しかしていないため、特技も資格もない。
 座ったままでも出来る仕事を探したが、吉田の趣味には合わない。
 工事現場の交通整理を土建屋が紹介してくれたが、立ちっぱなしは無理だった。
 怪我で入院し、何とか立って歩けるようになったときが幸せの絶頂だったのかもしれない。杖や車椅子なしで二足歩行出来たことが嬉しかったのだ。
 退院後のリハビリも終わり、もう病院とも縁が切れた。患者さんを終えたのだ。
 仕事へ行かなくなってから、睡眠時間が不規則になり、いつの間にか夜行性になっていた。
 そして今夜も自転車で深夜の道を走っている。
 吉田が妙なものを見始めたのは三日前からだ。非常に小さなタイヤなのだが、あっと言う間に吉田を追い抜いて行く。
 人間業とは思えない速さなのだ。吉田は二十七インチのタイヤと六段変速で、かなりのスピードが出せるのだが、追いつけない。
 乗っているのは青年で、体力があるのかもしれない。ミニサイクルよりもさらに小さいサイズだ。もしスピードが出したければ、あのタイプの自転車は買わないだろう。
 吉田はそれを魔物ではないかと思った。
 そして今夜も後ろから接近してくる。
 吉田は正体を突きとめたいと思い、全速で走った。
 そのミニサイクルとはすぐに併走状態になった。吉田は真横を見た。青年はペダルをこいでいなかった。
「ばけものめー」
 吉田が叫んだが、青年は追い抜くとニヤッと笑いながら振り返った。
 そして「でんどーだよでんどー」と叫んだ。
 
   了
 
 
 

 

          2007年3月23日
 

 

 

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