小説 川崎サイト

 

ハマグリの妖怪


 地方都市と言うほどでもないが、それなりに平野部があり、豊かな土地だ。田畑や丘が程良く混ざり合っており、高校野球の名門校などもある。また有名な劇団、これはアングラ系だが、その本拠地もある。さらに大きなショッピングモールもあり、そこだけはこの都市の城下町よりも賑わいだ。土地が広いだけに、敷地もだだっ広く、テニスコートが何枚もあり、広々とした駐車場、それに公園も広い。
 妖怪博士は高校野球も、劇団にも興味はないが、そういう説明の仕方は、この依頼者だけの印象かもしれない。
 ハマグリの妖怪が出るらしい。有り得ない話だが、仕事なので妖怪博士はその田舎町に降り立った。しかし、決して田舎ではなく、都会にあるようなものは殆どあり、それプラス土地の名物なども並んでいる。どうやらここはハマグリで有名なようだ。ハマグリは結構身が大きな貝で、焼きハマグリだと貝殻がそのまま鍋になり、皿になる。そうやって食べやすいようにできてている貝ではないが、大きさが丁度いい。このハマグリの貝殻に絵を書いたり、貝割り遊びや、貝合など、昔から食べること以外でも使われていた。
 さて妖怪だが、海辺や河口に出るわけではない。もっと内陸部の平野の奥だ。農地や丘陵がまだまだ残っているが、少し古い住宅地もある。農家ではない。そこに焼き場があり、その周辺は墓場が拡がっている。当然、ここでの火葬はもう昔のことで、今は焦げ臭そうな四角い煙突と、建物が廃墟のように残っている。妖怪が出るにはもってこいの場所だ。しかし、ここではなく、その周囲にある原っぱに出るらしい。周りは小さな家々が立ち並んでいるので、一寸した空き地だ。田圃はこのあたりにはない。元々は大工場の社宅群だったのではないかと思える。
 妖怪博士が通されたのは、その有名な劇団の稽古場だった。依頼者が実はここの出身者なので、始終遊びに来ているらしい。売り出し中の女優がおり、この子がやがてスターになるだろうと、見ているようだ。
 実は妖怪ハマグリの目撃者は、ここの役者達だった。
 墓場の近くに原っぱがあるのは、土地が売れないためだ。墓に近すぎるためだが、焼き場の建物が不気味で、そんなもの毎日見ながら暮らしにくいだろう。しかも古い。
 稽古場がここにあるのは家賃が安いため。
 さて、ハマグリの妖怪だが、これはもうモンスターだろう。大きすぎる。人が乗れるほどのハマグリが、開いたまま草むらの中にいるようだ。最初から死んでいるのだ。さあ、食べて下さいと、蓋を開けているようなものだが、簡単に開くものではない。流石に焼きは入っていないので、生ハマグリのまま。
 問題は原っぱだ。売れないので更地のまま放置していると、雑草が生え、原っぱになった。そこだけ人の気配はない。
「街中にある淋しい場所は妖怪が出ると同時に、痴漢も出ます」これが結論だ。
 そしてハマグリがいけない。それで、全て分かってしまうだろう。
 原っぱの中にぱかっと開いた巨大なハマグリ。そういう印象を受けるようなものを劇団員達は見たのだろう。
 
   了

 


2016年8月27日

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