小説 川崎サイト

 

人面蟋蟀


 夏場は暑くて妖怪もバテるのか、涼しくなると動き出す。蠢き出すと言ってもいい。バッタやカマキリのようなものだろうか。イナゴもそうだ。春に出る虫ではなく、涼しくなってから。
 妖怪博士は妖怪のことばかり考えているので、何を見ても妖怪に見える。実際にはそんなものは見えていないのだが、想像してしまう。その中で、この季節に出るのがコオロギ。漢字で書くと蟋蟀、こちらの方が気味が悪い。
 鈴虫が鳴く頃、このコオロギも鳴いている。庭先や草場ではなく縁の下にいる。蜘蛛と同居していたりする。ヤモリとイモリとカナヘビは区別しにくいが、それらもいるのだろう。蜘蛛は蜘蛛の巣を張るので、いることが分かりやすい。そこに卵などが付いていると、気味が悪いが。
 さてコオロギだがコウモリのように暗い場所にいる。これも漢字で書くと蝙蝠となり、コオロギもコウモリもすぐに書ける人はいないだろう。魑魅魍魎などもそうだ。こちらは虫が鬼になる。
 そのコオロギ、ただのコオロギではなく、顔がある。人面コオロギだ。腰の辺りから蜘蛛になっている蜘蛛女も気色が悪いが、人面コオロギはそれを小さくしたようなものだ。
 このコオロギを秋になると妖怪博士は玄関の三和土で見る。そこに飛び出して来ているのだ。廊下の下に通風の四角い穴が空いており、猫などは入り込めないよう格子が填まっているが、コオロギなら出入り自在。場合によっては廊下を上がり、便所や炊事場、座敷にまで来る奴もいる。
 一番多く見かけるのは便所。床に黒いものがあり、よく見るとコオロギ。そして動かない。下手に動くと目立つためだろう。そしてじっと妖怪博士を見ている。これぐらいの大きさの虫だと人間の存在が分かる。近付くと逃げる。しかし、まだ人が発見していないようなら、そのままじっとしている方が無難なのだろう。見付け次第退治されると最悪だ。だから見付からないように動かない。それに暗い場所にいるので、分かりにくい。色も黒っぽい茶色。闇に紛れられる。
 そのコオロギを見ていると、人間の顔になるらしい。互いに見つめ合っているためだろうか。これはコオロギの妖術にかかったことになる。
 人に見付かった場合、最後の手段で、この術を使うようで、人のようなコオロギは流石に退治しにくいというより、驚いてしまうと同時に金縛りに遭ったような状態になる。その間、バッタ飛びで飛び逃げるのだろう。
 これは妖怪博士が好きな虫系の妖怪だが、ただのコオロギだ。妖術で人面に見えるだけなので、そのコオロギを捕まえても、ただのコオロギだろう。
 妖怪博士の家の縁の下には、まだまだ色々といるようだ。
 
   了

 

 


2016年8月31日

小説 川崎サイト