小説 川崎サイト

 

暗闇の夏太郎


 夏の闇から抜け出た夏太郎は秋太郎に変身していた。夏の闇に比べ、秋の闇は浅い。そのため、秋太郎の闇も薄くなり、光が差し込んできた。これが冬になると、さらに闇は消え、非常に明るい冬太郎になる。夏の闇が深いのは太陽が明るすぎるためだ。明るければ明るいほどその影は濃くなる。だから冬よりも暗い。
 秋太郎の暗さは日の出前と似ている。これから夜になる黄昏時ではない。本来なら秋は黄昏が似合っている。これは晩秋だろう。冬という暗いとこへ行く前の。しかし冬の闇は明るいため、これは曙に近い。秋太郎が冬太郎になり、春太郎になると、また暗くなる。春の暗さだ。つまり闇の濃さは季節の逆をゆく。
 さて秋太郎になった夏太郎は暗闇から脱したため、物事がよく見えるようになった。冬ほどではないが、真っ黒けの頭に光が入ってきたのだ。黄泉の洞窟から出て来たようなもので、暗くなっていた頭も明るくなった。これがいけない。冬眠ではなく夏眠から起きてきたようなものだ。余計な用事が見えてくる。世間が見えてくる。世の中が視界に入り、暗闇で閉じ籠もっていた頃に比べ、刺激物が多くなる。
 秋太郎はもう一度夏太郎に戻りたいが、それはできない。しかし、季節は巡るため、また夏太郎になれる。それまでの辛抱だ。
 そして明るさに慣れてきた秋太郎は、もうすっかりそのペースに乗ってしまい、夏太郎の闇時代など忘れていた。慣れというのは恐ろしい。数日で夏太郎の衣を脱ぎ、秋太郎になったのだ。実際には衣を着たことになるのだが。
 秋になってもまだ夏太郎をやっている常夏の友達がいる。夏場は思い出せなかったのだが、急に会いたくなり、訪ねてみた。この万年夏太郎は真冬でも夏太郎をやっている。少し光の射している秋太郎は、これは忠告しないといけないと思ったのだ。
「相変わらずかい夏太郎」
「夏太郎」
「まだ夏の闇をやっているようだな」
「何のこと」
 どうやら、夏太郎がどうの秋太郎がどうのとかは、今の秋太郎が作った造語のため、その友達に言っても通じないようだ。
「夏太郎をやめて秋太郎になるんだ」
「何を言ってるの、君」
「ああ、もういい。夏太郎にこんな話をしても分からないのは無理ないこと」
「相変わらず、訳の分からないことばかり言ってるね、君は」
「そ、そうか」
 
   了

 

 


2016年9月1日

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