小説 川崎サイト

 

とどめの雨


「雨が降ってますなあ」
「この雨が夏のとどめを刺す雨でしょう」
「ほう」
「朝夕涼しくなり始めた頃に、この雨。ぐんと気温も下がりました。これがだめ押しでしょ。この雨が上がれば秋です」
「晴れて暑かったりすれば」
「それもあります。しつこい奴です」
「長い残暑が秋頃まで続いたりしますよ。それじゃ秋じゃなく、夏が続いている」
「予報とはそういうものです。これは過去の経験でものを言っているので、天気予報とは違いますがね」
「そちらの方が当たるのでは」
「いや、最近の気象は計り知れません。昔からのパターンが通じなかったりします」
「じゃ、科学的な天気予報の方が良いと」
「これも一種のパターンを利用しているのでしょうねえ。例年の、またはこの時期の傾向を。だから似ていなくはない」
「はい」
「この雨がとどめの雨であるかどうかは本当は私にも分からないが、例年ならそうです。特に台風一過で、一気に秋になるケースが」
「今回もそうでしょ」
「ほぼそうなんですが、外れることもあります。その確率もあるのです。そんな年もありました。しかし、多くの年はそれに当てはまった。だから、とどめの雨の確率の方が高い。それだけのことです」
「とどめの雨にならなかった年は、どんな感じでした」
「あれは六年ほど前の夏の終わりでしたなあ。とどめの雨が降りました。しかしやむともっと暑くなりました。これは別の要因が発生したのです。涼しくなるはずの上空の寒気が北へ逃げました。西から高気圧が張りだしてきたからです。これは季節風です。それを予測できなかった。その季節風、進路が少し違っていましてねえ。それが読めなかったのです」
「誰かが団扇で扇いだとか」
「え」
「だから、大きな団扇で」
「誰が」
「団扇を上空で扇ぐと言えば、天狗でしょ」
「そんな天狗の団扇程度じゃ、季節風の向きを変えられませんよ」
「だから、大天狗です」
「ほう」
「夏の入道雲のように身の丈が何キロもあるような大きな天狗です」
「それは」
「いや、私は見ました」
「え」
「雨が降る前、西の空に大天狗が浮かび出て、団扇で扇いでいるのを」
「何と言うことを」
「冗談ですよ」
「そうですよね。そうですよね」
「夏のとどめを刺すとは、その入道雲にとどめを刺すと言うことでしょうねえ」
「そうです。あまり背の高い入道雲だと、上空の寒気という天井に頭を打って、雨になります。暖かい空気と冷たい空気がぶつかりますからね」
「しかし、あの入道雲を見ていると、ゴジラなど虫ほどの小ささです」
「ははは」
「ですが、あの入道雲がもう見られないとなると、少し寂しいですなあ」
「そうですねえ」
 
   了

 

 


2016年9月2日

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