小説 川崎サイト

 

福助のいる酒屋


 村はずれに一軒だけ、ぼつりと農家がある。この辺りでは農家は農家だけが集まった場所があり、所謂集落だ。家を建てる場所がないためではなく、周囲は平野。村はずれにあるため、村から外れた一家かもしれないが、昔からそこに建っていたわけではなく、最近だ。もう村八分がどうのの時代ではない。
 その農家は酒屋でもある。酒屋が先かもしれない。店舗兼住居だが、その住居部が農家なのだ。この辺りでよく見かける大きな農家と同じ建て方。そのため、ここの主は昔から住んでいる農家の人だろう。同じ家を建てるのなら、馴染みのある農家風に。そのため、旅館のように大きい。周囲は普通の住宅地になっているが、その酒屋は群を抜いて大きい。これが農家が集まっている場所では、それほど目立たないが。
 木下は、この農家のような母屋のある酒屋を思い出したのは、コンビニで荷物を送ろうとして失敗した。事情があるが大したことではない。そのコンビニでは扱っていないらしい。業者が違うためだ。その荷物は着払いの伝票が付いている。これで送り返してくれということで、つまらない用事だ。故障した部品を送り返すだけのこと。
「郵パックか」で、思い出したのが、この酒屋だ。そこに郵パックの幟が立っていたのを見た。郵便局よりも近い距離にあり、その前は毎日通っている。
 木下はなぜこんなところに酒屋があるのか、不思議だったが、場所としてはここしかなかったのだろう。他の酒屋と程良い距離にある。そこにまだ少しだけ田畑がある。申し訳程度だ。この村の一番端だろうか。町名などが変わったが、村内であることに変わりはない。木下が住むアパートはこの村の田圃だった場所で、今ではそちらの家の方が多い。昔から住んでいる人は殆どが農家だ。だから家を見れば分かる。
 ぽつりと一軒だけそこにあるのは、酒屋をするためだろう。実は村の中心部にも酒屋がある。競合するため距離を置いた。その酒屋は既に潰れ、パソコン教室になっているが、それも最近閉まっている。こちらも母屋は農家。この家は昔から農業ではなく、酒屋をやっていたのだろう。雑貨屋のようなものだろうが、村に一軒だけある店屋だ。
 非常に長い前振りだが、実際には木下が郵パックを出した程度の話。しかし妙な雰囲気が立ち籠めていた。
 酒屋は旧村時代の細い農道沿いにある。おそらくこの酒屋は農家の人で、その土地は自分の土地だったに違いない。すぐ横に棟割長屋のような借家が建っている。二階建ての長屋のようなものだろう。酒屋の庭と、この長屋がくっついていることから、家主はこの酒屋。さらにすぐマンション横にある。このオーナーかもしれない。つまり田畑を売って、酒屋を始め、さらに借家やマンションを建てたのだろうか。規模は小さいが。
 木下はいつも通る道で、いつもよく見ている酒屋だが入ったことはない。煙草も売っており、窓売りもしているが、買う人は少ないだろう。その横に自販機があるためだ。また飲み物の自販機も並んでいる。
 木下は自転車を止めようとするが、道が狭いのでクルマが来ると邪魔になると思い、敷地内に入れる。ここは店の脇にあるガレージだろうか。車はない。そこにガラガラと開くガラス戸がある。正面にもあるので、どちらから入ってもいいのだろう。
 アルミサッシのガラス戸を開けながら、すみませーんと声を掛ける。何か音が聞こえているが、テレビだろう。店内は流石に酒屋だけあって色々な瓶が並んでいる。ワインやウイスキーの瓶は並べると結構綺麗だ。
 店内は広く、長椅子のようなものが店内にある。客が休憩できそうだ。また知り合いが訪ねて来たとき、そこに座ってもらうのだろうか。
 返事は奥から聞こえてきた。
「郵パックお願いします」と木下が言うと、大きな老婆がさっと出てきて、眼鏡を掛け、伝票を見ている。最初、古い伝票だと思ったようだ。いつもの伝票と色が違うためだろう。
「計らなくてもいいんですがね」と、巻き尺を当てる。
「機械が故障しまして、それを送り返すのです」
 木下は余計なことを言っている。これがコンビニや郵便局では言わないだろう。毎日通ってる場所で、部屋からも近い。だから、少し愛想よくしたのか、または決して怪しい者ではありません、近所の者です、程度のことだろう。
 話はこれで終わるのだが、テレビだ。誰が見ていたのかだ。もう一人いたのだ。店の奥でじっとテレビを見ているお爺さんがいる。この人は何度か見た覚えがある。背は低いが小太りで、頑丈な身体をしている。酒屋なので当然だろう。重いものを毎日扱っているので。しかし、もう配達はしていないようだ。木下が見たのはその頃の主人だろう。今はお爺さん。だから、店売りだけでやっているのだ。しかし酒屋などしなくても、借家などで十分食べていけるはず。
 店番をしているはずの主人が出て来ないで、すぐに大きなお婆さんが出てきた。主人は無反応。
 そう言うことなのかと、木下はすぐに分かった。大きな頭で、下膨れの顔。福助を連想したのは、福助が無数にいたからだ。つまり、煙草の陳列ケースの中に、福助ばかりが、ずらりと並んでいる。福助のコレクターかもしれない。自分に似ているので、愛着が湧いたのか。
 福助は縁起物の人形で、丁髷を結い、裃袴で座っている。商家にあってもおかしくはないが、一つでいい。
 控えの伝票をもらうとき、もう一度奥を見ると、福助は相変わらず無反応。
 本当の福助になりつつあるようだ。
 
   了

 


2016年9月9日

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