小説 川崎サイト

 

絵描き屋


 古びた商店街。それほど古くはなく、この前そんな店屋の通りが出来たと思っていたら、いつに間にかシャッター通りとなっていた。そのため親の代からの客のような馴染みが付かないまま終わっている。建物は粗末なものだが、それなりに新しい。築二十年は経過していない。その一軒に画家が店を開いている。これも不思議な現象だが、住居付きのテナントを画家が借りたのだろう。こんなところにアトリエを借りる人は珍しい。
 きっと前衛画家か変なパフォーマンスをやっているのだろうと、近所の人は思った。既に潰れた豆腐屋がお隣で、主人はただの住宅として使っている。しかし水回りだけは贅沢で、店内の水槽は風呂として使えそうだ。豆腐と違い絵はコンビニやスーパーでは売っていない。
 画家が借りたのだから、テナントの壁に絵でも飾ってあるのかと思いしや、何もない。以前は洋服屋で、マネキンが一体とショーケース程度は残っている。店を閉めるとき、持ち出すのを忘れたのだろう。引っ越しの車に乗せきれなかったのかもしれない。夜逃げだろうか。
 さて、その画家、レジ台のあったところで絵を画いている。表がよく見える場所だ。
 店先に看板を出したが、画家なのに文字だけの看板。絵描き屋となっている。豆腐屋が豆腐を売るように絵描きなので、絵を売っているのだが、完成した絵ではなく、これから画くということだ。
 これに似たもので似顔絵屋がいる。土日だけショッピングセンターなどで椅子とテーブルだけで仕事をしている。
 しかし、それなら似顔絵屋と看板にあるはず。それがない。ただ単に絵描き屋とだけ。
 シャッター通りとはいえ、通る人は結構多い。車が入り込まないためだろう。何だろうと、興味を示す人もいる。その中の一人だろうが、「絵を画いてください」と子供がやってきた。当然後ろに親がいる。
 画家は適当に絵を画いた。似顔絵ではなく、松と海と富士山が入った絵だ。絵はがきのような絵ではなく、もっと簡単な絵で、軽く彩色されていた。十分もかからなかっただろう。
 画家はドライヤーで乾かし、くるくるっと巻いてゴムで止め、子供に渡した。値段はそれなりに高かったが、とんでもない値段ではない。
 次に来た老人はリクエストをしてきた。麦畑の中に立つ兵隊で、後ろは夕日。死んだ父親の満州時代のストーリーがあるらしい。
 その兵隊の階級だけ聞き、数日後、完成した。流石にそらで軍服は画けなかったようだ。
 子供にせがまれて親が絵を画く、それに近い。
 この絵描き屋の画家、無名で、さらにあまりうまくない。ただ、頼まれた絵はできるだけ依頼者のイメージに近いものを上げてくるので、客は大概満足したらしい。
 要するにオーダーメードの洋服屋のようなものだ。
 
   了

 



2016年9月10日

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