小説 川崎サイト

 

幽霊とウーロン茶


 誰か来ているのかもしれないと、妖怪博士は感じた。いつもいる奥の六畳から廊下に出て、玄関を見ると、誰かがいる。「どなたかな」と聞くと「僕です。幽霊博士です」と返事。チャイムがあるので鳴らせばいいし、玄関戸を叩けばいいものを。
 磨りガラスに冊子の入った玄関戸を開けると、憔悴しきった青年が立っている。これが幽霊博士だ。
「まあ、お上がりください、久しぶりですなあ」
「はい。近くまで幽霊を見に来ましたので、お寄りしました」
 妖怪博士は幽霊博士をいつもの奥の六畳の茶の間に通し、ウーロン茶の冷やしたのを二人の博士は飲んでいる。
「最近このウーロン茶を飲むと腹の具合が悪くなります。あなた、どうもありませんかな」
「いえ、何とも」
 妖怪博士は毎朝ウーロン茶を湯から作っている。濃すぎるのだろう。
「それよりも実験成功です」
「ほう、何ですかな」
「チャイムを鳴らさなくても博士が出てきました」
「ああ、何か気配がしましたのでね」
「分かりましたか。僕の気配を。実は強く念を飛ばしていたのです」
「いや、玄関戸に何か見えてましたから」
「え」
 奥の六畳から廊下の向こう側に玄関戸が僅かに見える。いつもは傘を掛けているのだが、そのシルエットとは別に、何かの一部が動いているのが見えたのだろう。磨りガラスなので、影のようなもの。それが幽霊博士の一部だった。
「そうでしたか。念じゃなかったのですか」
「しかし、玄関の方を、ふと見てしまったのだから、念が通じたのかもしれませんよ」
「ああ、なるほど」
「ところで、体調が悪そうですねえ。目の下が青黒いですよ」
「いつもそんな感じです」
「今日も幽霊関係で」
「はい、幽霊が出たというので、見に行ってきました」
「商売繁盛で結構なこと。それで、いましたか」
「いません」
「あ、そう」
「本人は見たと言っているのですが、何処にもいません」
「何処で出たのですか」
「部屋です。使っていない部屋がありまして。そこを開けると、必ず幽霊が座っているとか」
「それで開けられたのですね」
「はい、開けました」
「しかし、いない」
「はい」
「そこなんです幽霊博士」
「え、何がですか」
「一人を超えられない。つまり二人が同じ幽霊を見るのはもの凄くハードルが高い。一人なら腐るほど幽霊は出ますが、二人で見たとなると、がたんと数が減るどころか、なかったりします」
「でも同じ幽霊を何人もの人が目撃した例はいくらでもありますが」
「別々でしょ。一緒じゃない」
「あ、はい」
「だから、段差があります。もの凄く高い」
「いや、あります。音とか。気配とか」
「一人が先ず聞いたり感じたりして、それが伝染して集団催眠のようになるのでしょうねえ。一人より多数の方が盛り上がりますし。誰か驚いて怖い顔や怖い声を出すと、それが怖い」
「はい」
 一人では主観だが、二人だと客観だという意味だろうか。
「それよりも幽霊博士」
「はい」
「もう幽霊などを追いかけるのはおやめなさい。目の隈がなによりの証拠。そんなものに付き合うと、身体を壊しますぞ」
「そうなんですが、仕事ですから」
「そうですなあ」
「妖怪博士は大丈夫ですか」
「妖怪はいいのです。人じゃありませんから」
「ああ、なるほど」
「しかし、今日は体調が悪い。ここ最近そうです」
「やはり妖怪の祟りでは」
「いや、ここ数日勧められて飲んでいるウーロン茶がよくない。もう飲むのをやめることにします」
 妖怪博士はその後、緑茶に変えた。
 
   了


2016年9月12日

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