小説 川崎サイト

 

使い魔


 山越えするゴキブリがいる。山を越える。実際の山ではなく、寝ている人間の上を乗り越えるゴキブリ。虫にとり、それは山脈ほどの高さはないが、わざわざ人の山を乗り越える。それも毎晩ある決まった時間に山越えが行われるようだ。
「山越えするゴキブリですかな」
「これは妖怪でしょ」
「まあまあ、それはあることです。それで見ましたか、そのゴキブリ」
「暗いので分かりません」
「では、どうしてゴキブリがあなたの上を歩いて登っているのかが分かったのですか。いやそれ以前にゴキブリは歩いているのか走っているのか、よく分かりませんがね。早足で歩いているのでしょう。歩くと走るとでは違います。足の使い方が」
「毎晩足に触るものがあるからです。これは虫の足です。感触で分かります」
「蒲団は」
「夏場なので掛け布団はしていません。だから腹の上を乗り越えたり、顔の上を乗り越えたりと」
「そのときはどうなさります」
「気が付いた瞬間払います。足なら蹴飛ばすわけにもいきませんから、足を素早く動かして振り払います。腹の場合はシャツを着ているので分からないこともあるのですがこれは手で払います。すると手ではなく腕に逃げ込んだりします」
「あまり良いものじゃありませんねえ。それでゴキブリは一匹ですか」
「そうです。その一匹はよく知っています。たまに見かけます。部屋の中を単独でゴソゴソしています。歩いていたりします。どんな用事があるのかは知りませんが、いつも忙しそうです」
「ゴキブリは一匹見付ければ何匹もいると言われていますが」
「さあ、実際に見るのはその一匹だけです。しかも」
「何ですか」
「台所には出ないで、寝室に出ます。食べるものなどないはずなのですが」
「寝室には他に何かありますか」
「居間のようなものです。寝室と言っても、いつもいる部屋で、テレビを見たりします。食事は台所で取ります」
「お菓子は」
「菓子やパンなどは居間でテレビを見ながら食べることはあります。しっかり掃除はしているので、問題はないかと」
「それがどうして妖怪なのですかな」
「だって、毎晩私を越えていくのですよ」
「懐かれているのでは」
「いや、無視されているのです」
「虫から無視ですな。まあ、横たわって寝ていると、それが人間なのかどうかは分からないからのう」
「じゃ、人間だと見ていない」
「そうです」
「そうですねえ。明るいときに出るゴキブリだと、すぐに逃げます。これは人だと認識しているからですね」
「そうでしょう。寝転んで人間山脈状態では蒲団と変わらない」
「はい。それと」
「何ですかな」
「そのゴキブリ、もう何年もいます」
「それは別のゴキブリでしょ」
「しかし、同じように私を越え続けているのですよ」
「だから、ただのゴキブリじゃないと」
「そうです。そのことを言いたい」
「確かに虫の妖怪はいますが、その殆どは式神か使い魔です」
「使い魔」
「虫の知らせのようなものです」
「そのままですねえ」
「西洋で有名な使い魔はコガネ虫です。黄金虫と書きます」
「コガネ虫は金持ちだの、あの黄金虫ですか」
「また、ヤモリやイモリ、普段見かけない大きな蛾や蜘蛛や蛇などが人前に現れたとき、何をか知らせようとしていると言われています」
「はあ」
「さあ、見てくれというような場所にいます」
「しかし、毎晩何を知らせにあのゴキブリは出るのでしょう」
「だから、それはただのゴキブリじゃ。妖怪や使い魔ではありません」
「どうすればいいのでしょうか」
「懐かれているのですから、害はないかと」
「はあ」
 今回のゴキブリの話、それを答えている妖怪博士、結構楽しそうだった。
 
   了




2016年9月23日

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