小説 川崎サイト

 

台風の日


 雨の日も風の日も毎朝喫茶店へ通う老人がいる。日課になるため外せないのだろう。老人は朝食後、散歩に出るような感じで喫茶店へ行くが、自転車だ。近くに適当な店がないため、徒歩では遠すぎる。その喫茶店は賑やかな場所にあり、店も広く客も多い。当然似たような年代の年寄りも多く来ている。一人もいればグループも。
 ある台風の日、これは雨や風の日より厳しい嵐の日だ。しかも台風は近付いている。予報では老人の住む町をかすめる程度で、暴風圏より弱い強風域の円に、ぎりぎりだが入っていない。そんな予想図など見なくても老人は家を出ただろう。ただの雨の日として。
 出た瞬間雨脚が強くなり、風も少しあるが、そんな日は台風以外でもある。
 隣近所の前を通り過ぎるとき、窓硝子ではなく、雨戸やシャッターを閉めている。横殴りの雨を警戒してのことだろうか。町内の路地を抜けると通りに出るが、郵便配達の赤カブを見ただけで、無人。誰も出ていない。
 この時間、いつも見かける犬の散歩人もいない。犬はじっと我慢しているのだろうか。そういうとき用のトイレがあるのかもしれない。
 風雨が強くなったのは出てから半分の距離までで、そのあと小雨になった。風もましになる。傘を持つ手が楽になった。
 そして、繁華街前の喫茶店に、いつものように辿り着いたのだが、それほどの労ではない。ただ濡れる時間を少しでも短くしようと早く漕いだので息が荒れている。
 いつも満車に近い自転車置き場はガラガラ。そこは喫茶店だけの専用ではないので、普段はもっと多い。
 老人は喫茶店のドアを開けると同時に老人を見た。台風の日でも来ている精鋭部隊だ。しかし一人だけ。この老人とはよく顔を合わす。毎朝来ているためだ。他にも年寄りの常連客は多いのだが、雨の日は来ない人もいるが、来る人は来ている。しかし台風となると、生き残っているのは、この二人の老人だけ。
 二人の老人は目を合わせることなく、確認し合った。しかし、店内を見ると、誰もいない。二人だけ。
 雨の日でもモーニングを食べに来る常連客がいるし、数は減るが年寄りグループもいる。しかし見事に二人だけ。
 確かに台風が来ている。しかもかすめるかもしれないし、現に雨も風もある。通過後ならいいが、来つつあるのだから、さらに荒れると思い込んでいるのだ。これは正しい判断だが、実際に外に出てみれば分かるように、台風でなくてもこれぐらいの空模様の日はいくらでもある。
 広い喫茶店、あとで来た老人は先に来た老人から最も距離の遠い席に座った。
 
   了





2016年9月24日

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