小説 川崎サイト

 

村八分


 異なった意見を言いにくいのは村八分を恐れてのことかもしれない。村人根性が残っているように、村八分の根も残っている。
 仲間内で異なった意見を持っている人は、やはり仲間として扱いにくい。そのため、異なっていないように見せていたりする。そこにいたいのなら、それしかない。
 みんな同じ。これがいいのだろう。和が壊れると輪も壊れる。ただ、そういう仲間意識が必要な場は減っているように思えるが、人は個人より団体になったときの方が安全で、しかも強い。個人交渉より団体交渉の方が強いように。つまり、一寸した組織だ。
「ほほう、社内で村八分にされているのですか」
「そうです。僕がいると足並みが揃わないとかで」
「秋は運動会の季節。ムカデ競走か何かで」
「違います。僕なりに意見を言ったのですが、それが気に障ったようです。もの凄く否定するような意見でしたので」
「じゃ、仲間じゃないということで、村八分ですか」
「そうです」
「まあ、社内なら大丈夫でしょ。殺されはしませんよ。せいぜい嫌がらせを受け、退職へ追い込まれる程度」
「どうすればいいのでしょうか」
 この相談員、結構年配の人で、職安に付属している相談室の老人。本人も村八分されたのか、本来の職に戻れず、ボランティアに近い相談員をやっている。
「今の会社でみんなと同じように働きたいのです。皆さん仲がいい。和気藹々としています。なのに僕は入れてもらえません」
「はいはい」
「僕が悪いのでしょうか」
「そうですなあ」
「意見を言うのはだめなんですか」
「意見にもよるでしょう」
「仲間の和を乱すからですか。僕の意見は」
「どんな意見を言われたのですか」
「仕事の段取りを聞いただけです」
「ほう」
「でもそんなことは見て覚えたり、先輩が教えるまで待つらしいのです」
「ほう」
「まずは失敗させておいて、それから教えるのです」
「よくある」
「だからマニュアルはないのですかと聞いたのですが、ないのです。では作って下さいと言ったのが効いたようです」
「効きましたか」
「かんに障ったのでしょうねえ」
「おそらくその職場、それが長年の仕来りで、新参者は先ずその洗礼を受けるのです。この洗礼、儀式です。だからその儀式を受けてこそ仲間になれるのです。それだけですよ。それも仕事の一部。嫌なら辞めることです」
「村八分から抜け出せる方法はないのですか」
「辞めること、これが最善です。全ての前提が消えるでしょ。それにあなた、自分で辞めなくても、じわじわと辞めないといけないような意地悪を受けて、そのうち行く気がなくなります。今ならまだ啖呵の一つでも切って威勢よく辞められますよ」
「辞めると、敵の思う壺、望むところなので、辞めません」
「それはあっぱれですが、そういう態度に出るあなたにも問題があるのです」
「じゃ、僕が悪いのですか」
「この相談室では相談に来た人に問題があるとは言えませんがね。一応あなたの味方をします。まあ、愚痴の聞き役ですから」
「僕の何処が悪いのか、教えて下さい」
「あなたのやり方、何処で習ったのかは知らないけど、ところ構わず意見を言えば、喧嘩になって当然ですよ」
「じゃ、意見を言わない方がいいのですか」
「意見というより、思っていることをそのまま言ってしまうところに問題があるのです。意見は大事です。出し方、使うタイミングです」
「そうですか。村八分の解決方法はないのですね」
「あなたを村八分にしたその職場に、それほど残りたいのですか。その連中と今後仲良くできるとは思いませんよ」
「しゃくに障るので、一泡吹かせてやろうと」
「だから、尻をめくって啖呵でも切って、さっと辞めればいいのですよ」
「あ、はい」
「解決しましたか」
「いいえ」
 
   了



2016年10月2日

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